ウィル・ブラッドレイ・トリオの古いヒット曲「ダウン・ザ・ロード・アピース」は、こんな一節から始まる。 もし俺が弾くようなブギが聴きたいなら 古いピアノとボロいベースがあればいい イアン・スチュワートの弾くピアノを聴いていると、そして彼の47年の人生を思うとき、僕はよくこのフレーズを思い出す。 スチュの愛称で親しまれ、世界中のミュージシャンから愛されたブギウギが得意なこのピアニストは、ローリング・ストーンズのオリジナルメンバーだった。 デビュー前、ルックスがバンドのイメージに合わないというあまりに不当な理由でメンバーからはずされた後も、ロードマネージャーとして、またサポートミュージシャンとして、亡くなるまでストーンズと行動を共にしている。 僕がスチュのことを意識したのは、1986年の春にリリースされたアルバム『ダーティ・ワーク』でだった。この作品は、前年の暮れに心臓発作で亡くなったスチュに捧げられている。「ありがとう、スチュ。25年間のブギウギに」とクレジットされ、アルバムの最後にはシークレットトラックとして、彼の弾く短いピアノがひっそりと収められているのだ。 友達に頼まれて『ダーティ・ワーク』をカセットテープに録音すると、翌日の学校では「最後のピアノがかっこいいね」と言われることが多かった。佇まいが粋だったからだろう。 スチュは古いリズム&ブルースやジャズをこよなく愛し、それに準じた演奏スタイルを生涯変えることはなかった。だから、彼が参加した曲にはいつもルーツミュージックの匂いがした。また、自分の意に沿わない曲には、けっして参加しようとはしなかった。 そんなスチュがリーダーを務めたのが、ロケット88 というブギウギバンドだ。バンド名は尊敬するブギウギピアノの巨匠ピート・ジョンソンの「ロケット88ブギ」に由来し、メンバーにはチャーリー・ワッツ、ジャック・ブルース、アレクシス・コーナーなどが名を列ねていた。 1981年3月には、このバンド名義で唯一のアルバム『ロケット88』をリリースしている。ドイツのクラブでの演奏を収めたライヴ盤で、内容はスチュ曰く「ブギウギでいっぱいのブルースレコード」。つまり、彼が愛してやまないジャンプ・ブルースやスウィング・ジャズのライヴコレクションだった。プロデュースもスチュ自身が担当している。 面白いのは、収録されている曲のうち、スチュが演奏に参加しているのは、わずか1曲だけというところだ。いくらなんでもエゴがなさ過ぎるというか、「リーダー作なのにいいのか?」とも思うけど、それもまたスチュらしいのだ。 ストーンズのメンバーはそんなスチュのことを、信頼し、愛した。ミック・ジャガーはスチュについて、「俺達が最も満足してほしい男の1人だった。書いた曲であれ、リハーサルであれ、彼に OK だと思ってもらう必要があった」と語り、1989年にストーンズがロックの殿堂入りをした際には、壇上からこんなスピーチをしている。 「素晴らしい友で最高のブルースピアニスト。彼のおかげでブルースをはずれる事がなかった」と。 スチュの死は突然のことだった。1985年12月12日、その日キース・リチャーズはスチュと会う約束をしていた。しかし、待ち合わせのホテルにスチュは現れず、キースに届いたのは、彼の訃報を知らせるチャーリー・ワッツから電話だった。 -- それから31年が経った2016年12月、ローリング・ストーンズはブルースのカヴァーを集めたアルバム『ブルー&ロンサム』をリリース。バンドにとってのルーツ回帰ともなったこの作品について、キースは制作中に「よくイアン・スチュワートのことを思い出した」と語っている。 僕もこのアルバムを聴いて、最初に思い浮かべたのはスチュのことだった。もしスチュが生きていたら、きっと喜んでピアノを弾いたに違いない。2本のギターの間から、ハーモニカの音色の向こうから、耳をすませばスチュのピアノが聞こえてくる。今もそんな気がするのだ。
2019.07.18
VIDEO
YouTube / Meuledodge
Information