メジャーデビューの敷居が高かった80年代、ミュージシャンにとって、次に控えるセカンドアルバムは乗り越えなければならない大きな壁だったように思う。 アマチュア時代の活動を経て満を持してリリースされたファーストアルバムは粗削りながらも、それまでの活動と志が凝縮され、勢いが感じられる、いわば “未完成の完成” だ。 しかし、セカンドアルバムとなると、多くの場合は一年にも満たないほどの短いインターバルでリリースしなければならない。その時、どのように内容を深めていくか、新たな方向性を見出すのか、ファーストアルバムのセールスにもよるが、ミュージシャンは苦悩するだろう。 佐野元春のセカンドアルバム『Heart Beat』はデビューアルバム『BACK TO THE STREET』が発売された10か月後の1981年2月25日にリリース。ファーストアルバムが好セールスとまで行かなかった元春だが、このセカンドでは前作を踏襲、ピアノとサックスを全面にフィーチャーしたロックンロールの原点回帰が大きな基盤となった。そして収録された楽曲の随所で「ロックンロール!」というワードがほとばしる。 ファーストアルバムと大きく違うところは、「都市生活者の夜」をテーマとしたコンセプチュアルなアルバムに仕上がっているという点だ。 一夜のうちに繰り広げられるラブロマンスと、そこに見え隠れする孤独と激情。様々な思いが駆けめぐる。それは、同じく夕刻から明け方まで、アメリカの片田舎の一夜を舞台に60年代のティーンエイジャーの切ない心情を描き、その時代のヒット曲とともに綴ったジョージ・ルーカス監督の傑作、『アメリカン・グラフィティ』のようだ。 『Heart Beat』のレコードはA面、B面ではなく、FRONT SIDE、BACK SIDE と記載されている。夜の帳が下り、街の喧騒からすべてを包みこむ夜明けの静粛まで、街に暮らす様々な思いを抱えた恋人たちの一夜がそれぞれの物語として、一貫した主張のなかで語られていく。 Hello City Lights 夜を越えて Get happy ―― と語りかけ、「つまらない大人には なりたくない」と夜のはじまりを決意表明する「ガラスのジェネレーション」からはじまり、「NIGHT LIFE」や「IT'S ALRIGHT」でパーティの喧騒が描かれる。そして「バルセロナの夜」では―― 月がないから バルセロナの夜は 誰よりも 君を選んだのさ と、つまり、君が今一番輝いているという粋なセリフを呟く―― ロックンロールとバラードで繰り返される都市生活者たちの夜。そのすべてが一夜に起こった出来事だと思わせてくれる。しばらくしてレコードをひっくり返し、BACK SIDE を聴いてみると、ライブでは、ほぼインプロビゼーション(即興演奏)で10分以上のパフォーマンスになることも珍しくない「悲しき RADIO」が始まった。 真夜中のパーキングエリアで踊り続ける彼女は、ファーストアルバムに収録された「夜のスウィンガー」の中に登場する、“だまされてもまだ 自由でいたいから” と願うモデルのマリーだろうか。今一瞬がすべてというロックンロールに身を委ね、その情景に自分を重ね合わせる人も少なくないだろう。 そして、「GOOD VIBRATION」「君をさがしている(朝が来るまで)」という趣の異なる二つの物語を経て、静かな波の音とともにラスト「HEART BEAT(小さなカサノバと街のナイチンゲールのバラッド)」へと流れていく。 誰もいない街路に 朝の光こぼれて 「でも、まだ4時半だぜ」と 小さなカサノバ すべての恋人を包む朝の光のように、そして夜の終わりが清らかでありますようにと願うピアノの音が、エンディングへと向かう。 Can you hear my heart beat? 俺の鼓動が聞こえるかい? と優しく、力強く語りかける元春。すべては朝もやの中で、一夜のドラマはここでエンディングを迎え、また、ひとりひとりの朝が始まる。 このアルバムを繰り返し繰り返し聴いたティーンエイジャーの頃からずいぶん経つ。そして今日も、つまらない大人になっていないかと自問自答する。それは、例えるなら、シガレットの KOOL のネーミングの由来だと言われる “Keep Only One Love(ひとつの愛を貫き通せ)” ではないだろうか。 いくつもの夜を越えて―― それでも元春からプレゼントされた都市生活者の一夜は僕の中で、ひとつの愛を貫き通せと語りかけてくれる。 それは、揺るぎのないひとつの真実として今も自分の中にある。※2018年2月25日に掲載された記事をアップデート
2019.02.25
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