7月13日

テレンス・トレント・ダービー、安直なジャンル分けを拒んだ果敢な挑戦

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テレンス・トレント・ダービーのデビューアルバム「T.T.D.」がリリースされた日
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photo:SonyMusic  

プリンスのライバル現る、テレンス・トレント・ダービーの鮮烈なデビュー!


80年代のプリンスは無敵だった。リリースする作品は全て名盤、ライブパフォーマンスも圧倒的。世間一般にはプリンスのライバルはマイケル・ジャクソンと目されていたが、プリンスファンの多くはマイケルとプリンスがライバルだとは感じていなかったのではないだろうか? なぜなら、両者のアーティストとしての資質の違いは明らかだからだ。

そんな80年代も中盤を過ぎた1987年、テレンス・トレント・ダービーが鮮烈にデビューする。伝統的なソウルミュージックをベースにしながらも生音主体のダイナミックな演奏と最高にソウルフルなボーカルが冴えわたるデビューアルバムは、当時のブラコンとはかなり趣の違う音楽だった。黒人アーティストでありながらロックやポップを積極的に取り入れる感性やほとんどの楽器を自ら演奏するマルチな才能といった部分でプリンスとの共通点が語られ、プリンスのライバルはマイケルよりテレンスだ!という世論も増していった。

グラミー賞も獲得、デビューアルバムは大ヒットしたが…


デビューアルバム『T.T.D.(Introducing The Headline According To Terence Trent D’Arby)』は1987年にリリースされる。「ウイッシング・ウェル」はビルボードシングルチャート1位、「サイン・ユア・ネーム」は同4位、アルバムも同アルバムチャート4位と大ヒットし、翌年にはグラミー賞(最優秀男性R&Bボーカル・パフォーマンス)も獲得している。

続くセカンドアルバム『N.F.N.F.(Neither Fish Nor Flesh)』は1989年にリリースされ、どっぷりサイケデリックなサウンドを作り、ファンの度肝を抜く。しかしながら、セールスは前作を大きく下回ってしまう。私個人としてはファーストアルバムよりも大好きな作品で、プリンスもウカウカしてられないのではと強く感じたのだ。

安易なジャンル分けに対する抵抗、これぞTTDの真骨頂!


テレンスは、これ以降の作品でもデビューアルバムのようなヒット作を生み出すことはできていない。もし、テレンスがブラックミュージックに軸足を置いたアーティストであれば、セールスの惨敗を修正すべく、デビューアルバムのようにソウルミュージックをベースにした作品をつくったのではないだろうか? そうしなかったのは、ステレオタイプのブラックミュージックだと思われることに強い抵抗を感じていたからではないだろうか? それ以上にテレンスはむしろロックに軸足を置いた音楽を純粋に作りたいと思っていたのではないだろうか? また、“同時に黒人がロックして何が悪い!カッコ良ければ肌の色なんて関係ないだろ?” という意地もあったのではないだろうか?

その証拠にテレンスはライブ終盤にザ・ローリング・ストーンズの「ジャンピング・ジャック・フラッシュ」をほぼ必ず演奏している。黒人アーティストによるストーンズカバーといえばオーティス・レディングの「サティスファクション」が有名だ。オーティスは原曲を聴いたことがなくレコーディングしたそうだが(ホンマかいな?)、メチャクチャ熱いソウルナンバーに仕上げている。一方、テレンスのジャンピング・ジャックはどこから聴いてもロックンロールで、原曲に対する愛情丸出しの演奏が微笑ましくもある。このカバーに対しアメリカのファンやメディアから「なぜ黒人なのにストーンズを原曲どおりにカバーするのか…」とよく指摘されたそうだ。

ストーンズのカバーに対するイチャモンや単なる黒人ソウルシンガーとしてしか捉えない多くの評価等、デビュー作が大成功したにも関わらず、自らのロック的な側面が正しく理解されないことに対して大きなフラストレーションを抱えていたことは容易く想像できる。こうした自らのパブリックイメージを覆すために、セカンドアルバムではディープなサイケデリックサウンドを、サードアルバムではギターがガンガン鳴っているハードロックを取り入れ、意識的にロック感を強めた作品を作っていたのではないだろうか?

再評価されるべき果敢な挑戦、現在はサナンダ・マイトレイヤ


現在のテレンスはサナンダ・マイトレイヤと改名し、自身のインディレーベルから作品を発表している。メジャーレーベルのような黒人ミュージシャン=ソウル・R&B系という単純なジャンル分けの業界ルールから解放され、憑き物が落ちたように自然体で作品づくりに取り組んでいるように感じる。

80年代から90年代にかけてテレンスは「黒人ミュージシャンだから…」という単純なジャンル分けのルールに一石を投じてきたアーティストだ。黒人アーティストでありながらも、オルタナティブな感性を持ったアーティストが出現してきたことは、90年代にむけた先駆けであり、今日のポップミュージックに大きな影響を与えているのではないかと私は強く感じる。

現在、ネオ・ソウルと言われるミュージシャン=ディアンジェロやジョン・レジェンドらはソウルミュージックをベースにしながらもロックやジャズ、ヒップホップ、ハウスなど多様な音楽を取り入れ、かなり自由度が高い音楽性で人気も評価も獲得している。また、ザ・ウィークエンドのように打ち込みを多用したエレクトロニック・ミュージックも珍しくない。

今から30年以上前に単純なジャンル分けに抗ったテレンスのアティテュードは、現在進行形の新しい価値観を持ったオルタナティブなブラックミュージックに受け継がれており、その功績はナンバー1ヒットやグラミー賞受賞と同等以上の価値がある功績であり、再評価されるべき果敢な挑戦であったと強く思うのだ。


追記
私、岡田浩史は、クラブイベント「fun friday!!」(吉祥寺 伊千兵衛ダイニング)でDJとしても活動しています。インフォメーションは私のプロフィールページで紹介しますので、併せてご覧いただき、ぜひご参加ください。


2020.07.20
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カタリベ
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