町田康は2000年に小説『きれぎれ』で芥川賞を受賞し、作家として多くの人に知られる存在になっているが、僕がこの人を初めて知ったのは「康」ではなく「町蔵」として、81年にリリースされた INU のデビューアルバム『メシ喰うな!』だった。
町田町蔵は INU のボーカルで、町蔵のその風貌から INU はパンクバンドに思われがちだが聴けばわかる通り、かな〜り特異なバンドだ。トリッキーな演奏もさることながら、町蔵の歌い方や声が特徴的で、さらに歌詞も風変わりだった。今でこそ文学的と言えたりもするが、その頃は「ぶっ飛んでるな〜」と面白がって聴いていた。怒ったり脅したり茶化したり、はたまた祈るような感じもあり表情豊かな不穏さが好きだった。マネして歌うのが気持ちがよくて楽しい。
俺の存在を頭から打ち消してくれ
俺の存在を頭から否定してくれ
おまえらは全く自分という名の空間に
耐えられなくなるからといって
メシばかり喰いやがって
メシ喰うな
(「メシ喰うな」より)
沢山の人間が居て
俺はその中の一人
定まらぬ視線の中で
みんなお互い窒息寸前
ええ加減にせんと気い狂て死ぬ
(「気い狂て」より)
そんな風変わりなバンドのアルバムを買うのはちょっと抵抗があった。いまは Amazon などで注文すれば、後は届くのを待つだけで簡単だけど、当時は地元の小さなレコード店に買いに行くしかない。当然ながらマイナーバンドのアルバムが入荷しているわけもなく、店員に注文することになる。これが嫌だった。すぐ理解して対応してくれればいいんだけど、歌謡曲や演歌のレコードやカセットテープが多くを占める田舎のレコード店ではそうはいかない。
バンド名が「INU」でアルバムタイトルが「メシ喰うな!」ってもうダブルで面倒くさい。
当時まだ内気だった少年にとって、これほど買うのを躊躇したアルバムはない。恥ずかしそうにモジモジと「INU のレコードを注文したい…」なんて言うと、犬の鳴き声が収録されているレコードと間違えられないかとか、「犬のおまわりさん」と間違えられないかとか、「犬は売ってません」とか、さらには「犬の餌なんて食べません!」なんて怒られたらどうしようとか考えたり。
そんな風に思い悩みながらアルバムを入手した数週間後、あっさりと INU は解散してしまう。暫くして町蔵が組んだ次のバンドの名前は「FUNA」。ええ加減にせんと気い狂て死ぬ!
※2016年5月25日に掲載された記事をアップデート
2019.01.15
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