12月15日

ムーンライダーズ「マニア・マニエラ」1982年にCDだけがリリースされた先鋭的作品

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ムーンライダーズのアルバム「マニア・マニエラ」がリリースされた日
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CDのみで発売された世界初のアルバムとは?


この世にCDプレーヤーなるものが発売されたのは、1982年10月1日だそうだ。CDプレーヤーの発売については、ふくおかとも彦さんがリマインダーに書いたコラム『エンタメの横顔 — 80年代の音楽シーンを大きく変えた「CD」の登場』を参照頂きたい。

では、世界で初めてCDのみで発売されたアルバムをご存知だろうか?

それは、おそらく1982年12月15日に発売されたムーンライダーズのアルバム『マニア・マニエラ』であろうと言われている。当時としてはとても珍しい形でリリースされたアルバム『マニア・マニエラ』について本日は語ってみよう。

ムーンライダーズのテクノサウンドはアグレッシブなパンク、ニューウェーブ


ムーンライダーズは、デビュー以来、洋楽の同時代性を日本語のロックに取り入れてきたバンドだ。

70年代の後半からはパンク、ニューウェーブを取り入れ、80年代を迎えてからは、大幅にテクノロジーを導入する。具体的には、キーボードの岡田徹がローランドのデジタル・シーケンサーMC-4を導入し、それを駆使して作り上げた作品が『マニア・マニエラ』だ。

この時代にテクノロジーをポップミュージックに導入したグループというと、やはりYMOが引き合いに出されるわけだが、YMOはメトロポリス “Tokyo” を標榜し、高層ビル群が建ち並ぶ国際都市としてのTokyoを表現していた。

一方でムーンライダーズは、鈴木慶一、博文の兄弟が生まれ育った羽田の京浜工業地帯をモチーフにし、工場での労働や機械が軋むノイズを歌詞とサウンドに取り入れて、労働者階級のロックを作り上げた。

本作で鳴っているテクノサウンドは、YMOが鳴らした美しい音色を丁寧にデコレーションしたテクノポップではなく、もっと直線的でアグレッシブなパンク、ニューウェーブであった。また、歌詞から想起されるイメージは、工場での労働や機械油で汚れた汗臭い作業着であり、生活感ある東京が生々しく表現されている。

洋楽からの影響を常に反映させた音作りをしてきたムーンライダーズだが、本作『マニア・マニエラ』では遂に誰にも似てない、ムーンライダーズでしかないオリジナルなサウンドを獲得するまでの孤高の高みに至っている。

レコードではなくCDでリリースされた「マニア・マニエラ」


メンバーも『マニア・マニエラ』の独自性とクオリティの高さには、並々ならぬ自信を持って、出来上がった音源をレーベルに提出したことだろう。しかし、ここから予期せぬ緊急事態が発生する。

圧倒的自信作の本作に対し、レーベルからは「難解すぎて、これでは売れない」というクレームが入った。これに対し、バンドは「じゃあ出さないよ」と自らの判断で通常の形態でのリリースを中止してしまったのだ。

1982年当時、“通常の形態でのリリース” とは、すなわちレコードを発売することだ。

ムーンライダーズは、『マニア・マニエラ』をレコードでの発売は中止したにも関わらず、何とCDのみでリリースするという1982年としては考えられない暴挙に打って出るのだ。

前述のとおり、世界初のCDプレイヤーの発売が1982年10月1日、本作のリリースが同年12月15日、この間、正味2ヶ月半。CDプレイヤーが普及しているわけもなく、リリースはしたものの殆どのファンは聴くことが出来ない状況なのだ。

当のメンバーさえもCDプレーヤーは持っておらず、リリースされたオリジナルのプレス枚数も200枚とも300枚とも言われており、現在では入手するのは至難の業と言えるだろう。

1秒でも早く世の中に知らしめたかったムーンライダーズの先鋭性


では、リリースしても誰も聴けないのに、CDという特殊なフォーマットでリリースしたのはなぜだろうか?

それはもう、本作を聴けば一聴瞭然、簡単に分かることだ。1982年に『マニア・マニエラ』が獲得した圧倒的な独自性と先鋭性を1秒でも早く世の中に知らしめることが最も重要なことだったのだ。

1982年にムーンライダーズというロックバンドが『マニア・マニエラ』で “先鋭的でアバンギャルド、だけどポップ” という、とんでもない作品を残していたという事実を歴史を刻むことは、日本のポップミュージックの将来においても、今後のバンドヒストリーにとっても大きなマイルストーンになるということをメンバーはハッキリと認識していたのだ。

しかし、「聴きたいけど、聴けない」という “おあずけ状態” は、さらにファンの欲求不満を膨らますわけで、『マニア・マニエラ』は1984年にはカセットブックとして、1986年にはアナログとCDでリイシューされている。

フォーマットも揃い、CDプレーヤーの普及が進んだことで本作は誰でも気軽に聴けることになり、ライダーズファンの間ではキャリア屈指の名作と言われるまでになる。

印象深いフレーズ「薔薇がなくちゃ生きていけない」の意味とは?


本作の1曲目「Kのトランク」とラストナンバー「スカーレットの誓い」では共に「薔薇がなくちゃ生きていけない」という印象深いフレーズが歌われている。

この言葉は、ドイツの芸術家、ヨーゼフ・ボイスのポスターに書いてあったフレーズを作詞を担当した佐藤奈々子が引用して、ムーンライダーズに歌われることになった。

薔薇をモチーフにしている意図には、“美しいだけではない、トゲがあるから扱い方を間違えると痛い思いをするよ!” という、いかにもムーンライダーズらしいメッセージが込められているように思えてならない。

それは、ポップとアバンギャルド、売れることと売れないこと、テクノポリス・トーキョーと工業地帯の東京… この当時のムーンライダーズを取り巻く様々な相反する二面性が内包されていると感じるのだ。

このように、ムーンライダーズの音楽は、聴き込めば聴き込む程に謎が深まり、深読みしたくなる要素が満載だ。そんなところが、大衆からのライトな支持を集めにくいかわりに、好きな人はとことん大好きというマニアックな支持層に支えられている所以なのだろう。

シティポップ文脈で語られるには硬派すぎて再評価にも繋がりにくいし、ライトに聴けることが、シティポップの魅力であるとすれば、ムーンライダーズはシティポップとしての魅力が希薄すぎると言わざるを得ない。“シティロック” なんて言葉があれば、便利に説明ができるのだけどと思ってしまうのだが…。

現在主流のフォーマット、サブスクでの「マニア・マニエラ」は…


さて、現在、音楽を聴くフォーマットは、DJなんぞをやっている輩(オレやん)や流行に敏感な一部の若者は “ヴァイナル・ジャンキー” として、レコード屋でレア盤、新譜、掘り出し物から珍盤の類いまでサクサクと物色してはそいつに針を落すという楽しい音楽生活を満喫しているのだが、多くの人には、サブスクリプションが定着していることだろう。

サブスク最大手といえば “スポティファイ” だろう。特に洋楽好きにはスポティファイ一択状態で、ヴァイナル・ジャンキーの私もスポティファイを愛用している。日本上陸から時間も経過しており、邦楽アーティストのカタログも日増しに充実し、スポティファイで聴けない作品が多くて困るなんてことは日常的にはほぼない状態だ。

当然、ムーンライダーズの作品もスポティファイで聴くことができるのだが、2021年12月の時点で聴くことができないアルバムが存在するのだ。

―― そう、『マニア・マニエラ』、スポティファイに入ってないのだ。

今日、最も普及している音楽再生フォーマットから外れてしまう『マニア・マニエラ』、リリースから39年が過ぎても本作の数奇な運命は続いているのだろうか?

と、ここまで書いたところで… サブスクのもう一つの大手 “アップル・ミュージック” をチェックしたのだが、『マニア・マニエラ』聴けるぢゃないっすか!

まったく… オレのコラムのオチまで狂わしてしまう本作は、ファンまで巻き込む数奇な作品なのである。… という煮え切らないオチで本稿の結びとさせて頂きます。


追記
私、岡田浩史は、クラブイベント「fun friday!!」でDJとしても活動しています。インフォメーションは私のプロフィールページで紹介しますので、併せてご覧いただき、ぜひご参加ください。

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2021.12.15
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カタリベ
1972年生まれ
岡田浩史
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