12月15日

中森明菜の著書「気になる視線 私をつかまえて」文章から垣間見える本気と二面性

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出版業界にとっても魅力的だったアイドル


1980年代のアイドルは、音楽業界だけでなく出版業界にとっても魅力的な商品であった。インターネットの影も形もない当時、アイドルの情報を得るにはファンクラブに入会するか、雑誌や本を買って読むしか方法がなかったからだ。

だから『平凡』や『明星』のような芸能誌は出版社にとってドル箱だったし、人気アイドルを取り扱った雑誌は売上が伸びた。また、本や写真集もファンにとっては所有すべきお宝だった。アイドル本は一定部数の売上が約束された優良商品となり、発行部数は人気に比例した。
しかも80年代には、300万部以上を売り上げたとされる山口百恵『蒼い時』という前例があった。当時の百恵はアイドルの域を超えていたが、「アイドル本は売れる」と出版社が考えたのも無理はない。

アイドル本のスタンダード「青春ベストセラーズ」


そうした出版社のなかで、70年代後半から80年代にデビューしたアイドルの書籍を次々と出版し、アイドル本のスタンダードの地位を築いたのが、ワニブックスの「青春ベストセラーズ」である。装丁を見れば、書店の棚に並んでいたのを思い出す人も多いはず。「花の82年組」をはじめ、80年代に人気を集めたアイドルは、大抵このシリーズから本を出していた。

ただ本といっても、半分はアイドルの写真が掲載された ”ミニ写真集” という体裁。内容も、インタビューをもとにライターがまとめたエッセイ風の文章が多かった。

その「青春ベストセラーズ」の中で最も売れたと思われるのが、1982年12月15日に発売された中森明菜の初の著作『気になる視線』である。

「セカンド・ラブ」の大ヒットとタイミングが重なったこともあり、発行部数はシリーズの中で飛び抜けていたと思う。正確なデータは不明だが、当時のベストセラーランキングに名を連ねて50版以上は刷られたので、数十万部は売れたのではないか? 私もこの本を購入したが、奥付には「1983年3月1日 41版発行」と記されていた。2ヶ月半でこれほど版を重ねたことに、当時の明菜人気の凄さがうかがえる。

… と前置きが長くなったが、今回はこの『気になる視線』を現在の視点から読み解いてみたい。



明菜の思いやファンへのメッセージなどで構成された「気になる視線」


「青春ベストセラーズ」の構成は、どの本も似ている。アイドルが書いた(とされる)ポエムやエッセイ、趣味や好きなもの、子供時代の回想、芸能界でのエピソード、ファンへのメッセージなどが、写真とともに記述されるのが基本フォーマット。巻頭と中盤には上質紙のカラー写真が掲載され、多くのアイドルが水着を披露していた。

『気になる視線』も、この構成に準じている。ポエム風の作品を載せた「前章」から始まり、明菜の子供時代の思い出、歌手への憧れとスター誕生への挑戦、初コンサートやレコーディング、明菜の恋愛観、そして今の明菜の思いやファンへのメッセージが、全5章にまとめられている。

写真も満載で、笑顔はもちろん、ふざけた表情、しかめっ面、すまし顔、憂い顔など、17歳の明菜のさまざまな表情を堪能できる。もちろん水着姿もカラーで載っている。レコーディングの写真には、明菜に指示を出す島田雄三ディレクター(当時)も写りこんでいて興味深い。

こうした構成を見る限り、確かに『気になる視線』は無難にまとまったアイドル本の1冊に過ぎない。しかし現在の視点で読み解けば、明菜が歌姫として飛躍した原点が見えてくる。

明菜の原点は ”本気”


その原点とは、明菜の「歌手としての本気」である。

話は少しそれるが、この本には他のアイドル本と比べ異質な点がある。タイトルと表紙だ。他のアイドル本は、夢、恋、青春、愛といった明るい言葉をタイトルに付けるのが定番。表紙を飾る写真も「とびっきりの笑顔」がお決まりだ。しかし、『気になる視線』というタイトルは意味深で、表紙の明菜は憂い顔である。

これは、この本の企画段階でヒットしていた「少女A」が醸し出す生意気、ツッパリ路線で本が作られたからに他ならない。タイトルも、出だしの歌詞を引用したことは明らかだ。そして、「少女A」という斬新な曲を歌うミステリアスな美少女を知りたいという大衆の欲望が、本の購入を促した。私もその一人。制作方針は的中したのだ。

しかし『気になる視線』を読めば、生意気やツッパリといった明菜の印象は作られたものだとわかる。本文や写真からは、明るくて人なつっこい17歳の少女が垣間見えるし、何より明菜自身が「マイ・ウェイ」と称したあとがきで、そのことを否定している。

―― 私のことを、ナマイキとか、ツッパリだとかいう人がいます。(中略)でも、私を応援してくれるファンの人に、へんなふうに思われるのはつらいの。ですから、この本を私は書きました。(中略)単に大っきな流れに身をまかせるのは簡単ですけど、その流れを止めて、自分なりの流れを作ること!大事だと思います。

ほぼ人の手で作られた初の著作で、その後の歌姫人生の原点になったポリシーを、17歳の明菜は堂々と述べていた。このあとがきの文章だけは明菜の自筆であると、私は確信する。そしてこの言葉は、翌年夏に出版された明菜の自伝『本気だよ 菜の詩・17歳』で「本気」という言葉に置き換わる。この時に読者は、生意気、ツッパリの正体は「本気」の表れだったことに気づくのだ。



前述の島田ディレクターは本年1月に出版された著書『オマージュ〈賛歌〉to 中森明菜』のなかで、明菜と仕事をした5年間を振り返っている。そのなかで「負けん気が強く、人に命令されることの嫌いな性格と、素晴らしく可愛く、よいこの面。極端に違う両面を(明菜は)持っていた」と述べている。そのことは『気になる視線』でも確かに表現されていた。そして、それこそが明菜の魅力の核心であると改めて思った。

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2023.05.23
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カタリベ
1966年生まれ
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