大田区・蒲田が誇るアーティスト、ムーンライダーズ
東京は南の下町、品川のさらに南に蒲田はある。蒲田のアーティストといえばムーンライダーズだ。細かく言えば羽田も入るけど、えーい、引っくるめてしまえ。主要メンバーの鈴木慶一&博文兄弟が生まれ育ったにぎやかな蒲田界隈。そこを起点にさまざまな東京代表モダンポップミュージックを生み出してきたムーンライダーズ。私が彼らの音楽に初めて触れた地も蒲田だった。
大学時代のバイト先、蒲田にあった廃盤専門店「えとせとらレコード」(2020年いっぱいで閉店してしまった!)でのことだ。
バイト初日、初めて買い取りしたレコードを店長がターンテーブルに乗せた。それが『DON'T TRUST OVER THIRTY』、通称 “ドントラ” だった。1986年という結成10周年を締めくくった作品であり、翌年から約5年の活動休止に入るという、バイオグラフィーの中でもひとつの頂点というべきアルバム。ちょうどその活動休止期間中に私はムーンライダーズに出会った。1987年だった。
元はボブ・ディランの言葉?「30歳以上の奴なんか誰も信じるな」
音楽に遅咲きガールだった私が、貪るようにロックを聴いていた頃の話だ。
まずタイトルにぐっときてしまう。ザ・フーが「マイ・ジェネレーション」で叫んだフレーズ「年取る前に死んだるわ!」と同じくらい魅惑的なタイトル!
「30歳以上の奴なんか誰も信じるな」とは、元はボブ・ディランが1960年代に発した言葉で、ヒッピー文化のスローガンにもなったという。結構直球な若者礼賛? いや、ムーンライダーズはどうやら皆30歳以上らしい。ジャケット写真では全員で1つのパイプからどうやらアヘンらしきものを吸っているし、もしや体制に抗っているのかしら? でもカウンターカルチャーにしてはちょっと弱っちい。
様々に解釈を試みたけれど、19歳の私には正直歌詞も実験的なサウンドも難しくてよくわからなかった。
30歳とは何か? 大人になって聴く「DON'T TRUST OVER THIRTY」
30歳とは何だろう。青臭い夢から抜け出していく20代と、生活の現実が嵐のように押し寄せてくる40代。その狭間のちょうど潮目といったイメージが私にはある。
子供の頃は30歳は完全に大人だと思っていた。預かり知らぬ爺婆の世界だと。それがいざ、なってみたらあまりに変わらなくて自分が子供すぎて拍子抜けしてしまった。もしや私はこのまま一生 “中2” なのか。本当は成人式は30歳だったんじゃないのか、と。
そしてとんでもなく甘ったれの大人になった。
大人になって聴く “ドントラ” はビターチョコレートのように身体を駆け巡り、時にほろ苦く切ない種を蒔いた。
何度聴いても感動的なラストナンバー「何だ?この、ユーウツは!!」
アバンギャルドなA面は、かしぶち哲郎作曲の爽快なインスト「CLINIKA」に始まり、“Everything is nothing” のフレーズが沁みる定番ポップ「9月の海はクラゲの海」、メンバーの声をパッチワークのようにちりばめた「超C調」、蛭子能収作詞の脱力ソング「だるい人」、鬼気迫るアレンジで聴かせるポップオペラ「マニアの受難」で終わる。
B面はちょっとセンシティブで文学的。
子も愛人も捨てようとしている失踪前の男の孤独をえぐり出す大名曲「DON'T TRUST ANYONE OVER 30」、カーネーションの直枝氏をボーカルに迎えた「ボクハナク」、ロマンティックな冬ソング「A FROZEN GIRL,A BOY IN LOVE」。
そしてラストを飾るのは、白井良明氏のギターがギュンギュンと響く、私にとっての魂のハードロックナンバー「何だ?この、ユーウツは!!」である。
Loneliness いつの間 心のなか
悲しくもないのに心が泣く
とつぜん心が離れていくよ
Oh Dear My Friends
この手を握っていてよ
ひとりで立てるかい
そんな夢から覚めて
きみの心にたたずむ友だち
ピーター、ケイト&ガープ
道に迷わないように手を引いてくれる
ぼくの肩につかまれば山も越える
鈴木慶一氏は1986年当時若干鬱状態だったそうで、歌世界にはそうした心象風景が全面に表れている。歌詞の中にある「ピーター、ケイト&ガープ」という名前はピーター・ガブリエルとケイト・ブッシュ(ピーターの曲「ドント・ギヴ・アップ」のMVでも共演。ちなみに落ち込む男を女が励ます歌)、そしてジョン・アーヴィングの小説「ガープの世界」の主人公、ガープのことらしい。
心にたたずむ友だち。自分を支えて励まし、手を引いてくれる友だち。自分の愛するアーティストや小説が、心が曇った時に自分を支えてくれるのだと、もっと歩けと言ってくれるのだと、この曲は私に教えてくれた。
コーラスにはDe-Laxの宙也や野宮真貴が参加。何度聴いても感動的なエンディングに胸が熱くなる。
ムーンライダーズが音楽を通じて教えてくれたこと
誰でもそうだろうけど、大人になるにつれ生きることのやるせなさを抱え、どうしようもない孤独に苛まれる夜がある。
家族や友人、恋人に救われたいわけではない。反対に孤独を欲する焦燥にかられる夜もある。そんな時、自分がどこに心を預けるかと言うと、大好きな音楽や小説、漫画や映画だったりする。
齢40を過ぎたあたりでふと気づくのだ。若かりし自分が愛してきた本、映画、音楽、アート、様々な場所で得た知識、経験はとてつもない財産になっていると。そうした経験や思い出、記憶が生きる糧になっていると。それらは全て自分の友だちなのだと。大親友だと。
正直私はムーンライダーズの熱狂的なファンじゃないので、マニアックなディテールはわからない。ただ、彼らの音楽から聞こえてくるのは、「ロックやポップもいいけど他にも素晴らしいカルチャーがあるよ」という多様性や、「自分達の音楽以外にも良い音楽がたくさんあるよ」といった間口の広さの提案だ。
悲しみも孤独も受諾した上で、もっと広くもっとたくさん楽しめ、と応援してくれる。悲しいことがあったらここに還ればいいよ、と肩を抱いてくれるのだ。それはさながら鈴木慶一氏にとってのピーターやケイト、ガープのように、私にとっては、ムーンライダーズがそんな存在なのだ。
ムーンライダーズ結成45周年、言葉の概念からはみ出した不良老年の旅
ボブ・ディランは30歳になった時に「Don't trust under 30」と歌った。
ムーンライダーズは2020年のライブで「DON'T TRUST ANYONE OVER 30」を演奏した際、サビの部分を「オーバー30」から「オーバー60、70」に変えて歌ったそうだ。
何という自分勝手な大人たち!(笑)。
でも人は年齢を重ねるにつれ、どんどん自由になっていくものだ。若い頃と今とどちらが正しいのか、どちらが生きやすいかと問われたらどちらとも言えない。幾つになっても答えは出ない。自分も大人のくせに。大人を信じるか信じないかはあなた次第… なんて、どこかの芸人の言葉ではないけれど。
2021年、ムーンライダーズは結成45周年。今後も「DON'T TRUST ANYONE OVER 30」を「オーバー70、80」と歌詞を変えて歌い続けていくのだろう。いってほしい。“大人” という言葉の概念からはみ出した不良老年の旅を、私も世界の片隅から眺めつつ応援していたいと思う。どこかで手を振っているピーターやケイト、ガープと一緒に。
2021.03.11