ポップミュージックの歴史も、かれこれ足掛け2世紀ともなってくると、そろそろ楽曲のネタも枯渇しそうなものだ。最近のヒット曲を見ても、過去曲のカバーやリメイク、あるいはサンプリングしたものが多いのは、紛れもない事実だと思う。 だが、この流れは決して新しいものではない。モータウンは1960年代から70年代前半にかけて、自社作品を大量にカバーして大成功を収めているし、「1粒で2度(時に3度も4度も)おいしい」はコンテンツビジネスの基本である。 とは言え、原曲に特別に愛着を持っていた場合、カバーバージョンに対して強烈な違和感や嫌悪感を抱くこともある。80年代のヒット曲の中で、僕にとってのそれは、86年にキム・ワイルドがカバーした「キープ・ミー・ハンギン・オン」だった。 僕は別に彼女のことは好きでも嫌いでもなかったが、とにかくこの曲はHi-NRG(ハイエナジー)系と言うか、ユーロビート路線と言うか、これでもかとデジタル電子楽器が投入されていて、原曲とは似ても似つかない、それはそれは僕の大嫌いな “時代の音” になっていたのだった。 この曲のオリジナルはもちろんシュープリームスで、彼女達にとって8曲目の全米No.1だった。僕はイントロのステレオで左右に振られるモールス信号風のギターリフや、ダイアナ・ロスの少しかすれた、でもちょっとセクシーな声が好きだったが、それに比べるとキム・ワイルドのバージョンは情緒も何もないではないか。 なのに、キム・ワイルドも原曲に負けず劣らずのヒットを記録した。これはその少し前に、バナナラマがショッキング・ブルーの「ヴィーナス」をカバーヒットさせたパターンにとてもよく似ていた。このように80年代後半の音楽シーンは、70年代との連続性がほぼ無くなった一方で、60年代への回帰的アプローチが出てきたような記憶がある。 そう言えば、キム・ワイルドのヒットの2年後、日産自動車がスポーツスペシャリティクーペ180SXのCMにヴァニラ・ファッジの「キープ・ミー・ハンギング・オン」を採用した。これは、その前年、同車と共通のコンポーネントを持つシルビアのCMにプロコル・ハルムの「青い影(A Whiter Shade of Pale)」が使われたのが引き継がれたのかもしれない。 ヴァニラ・ファッジは、66年にNYで結成されたサイケデリック・ロックバンドで、ベック・ボガード&アピス(通称BBA)の3人のうちジェフ・ベック以外の2人が参加していた。この曲は彼らの1stシングルになったが、そのアレンジは秀逸で、原曲よりテンポを落とした重厚なサウンドは少々イカれていたが、それはそれでカッコよかった。作者の1人であるラモント・ドジャーも、このカバーをとても気に入っているそうだ。 いずれにせよ、キム・ワイルドも、ヴァニラ・ファッジも、シュープリームスとはまるっきり違うアレンジでこの曲をヒットさせた。素材が良ければ料理は大体美味しいと言うが、良い楽曲はどんなアレンジを施されても味があるということだろうか。 Kim Wilde / You Keep Me Hangin' On 作詞・作曲:Holland-Dozier-Holland プロデュース:Ricky Wilde 発売:1986年10月13日 ■Kim Wilde (87年6月6日 全米1位) ■The Supremes (66年11月19日 全米1位) ■Vanilla Fudge (68年8月31日 全米6位)
2017.09.12
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