11月21日

リリース40周年!浜田省吾「PROMISED LAND」求め続けた “約束の地” は今どこに

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浜田省吾と矢沢永吉、二人の共通点


日本のロックを確立したソロアーティストとして、テレビの露出に頼らずライブ活動に軸足を置き、圧倒的な指示を得たレジェンドと言えば、浜田省吾と矢沢永吉が真っ先に思い浮かぶ。そんな二人には共通点がある―― それは広島出身の被爆二世であるということ。

原爆投下により全てを失った街が奇跡の復興を遂げた広島のように、浜田も矢沢も年間100本以上のライブツアーを行い、武道館、スタジアムクラスの大規模開催地で動員を増やし続け、音楽業界の常識を塗り替えていった。

広島が奇跡の街であったように、浜田と矢沢が打ち立てていった記録と、ライブを観た者、音源を聴いた者の心に残る圧倒的な存在感は日本のロックシーンの奇跡だと言ってもいいだろう。

矢沢の音楽がハングリースピリットを根底にしながらも、日常の彩りを変えるような極めてソフィスティケートされた繊細な側面を感じられることに対して、浜田の音楽は、悩み、傷つき、それでも疾走するというファンの日常に存在する、汗と涙の結晶のような音楽だ。

120万枚以上の売り上げを記録したアルバム「愛の世代の前に」


浜田省吾は、ドラマーとして吉田拓郎からバックバンドの誘いを受け、その後ロックバンド “愛奴” のメンバーとして1975年にデビュー。ソロ転身後、1979年にリリースされたカップヌードルのCMソング「風を感じて」で脚光を浴びる。この楽曲は、当時のブームだったウエストコースト的な解釈もできる爽快さが売りであり、浜田はポップなメロディーメーカーであった。つまり、今の浜田をイメージするメッセージ性が強く、骨太なロックサウンドを本格的に追求していくのは80年代に入ってからだ。

その転機は、1981年にリリース、現在までに累計120万枚以上の売り上げを記録したアルバム『愛の世代の前に』だった。後にテレビドラマの主題歌に起用され、ビッグヒットを記録する「悲しみは雪のように」が収録されたこのアルバムは、確かにロックの衝動に突き動かされた力強さを内包している。しかし、それ以上にポップなメロディメーカーとしての浜田の印象を強く感じる。翌年の1月には初の武道館公演を成功させる浜田だったが、本人もこのアルバムが自身の到達点だとは思っていなかっただろう。

『愛の世代の前に』というタイトルには、「地球上から核兵器が根絶しない限り、本当のラブ・ジェネレーション(愛の世代)は訪れない」という被爆二世である浜田の強い思いが打ち出されているが、浜田はこの思いを1枚のアルバムで帰結しようとしたのではなく、このテーマを強いモチベーションとして、次のアルバムの制作に取り掛かることになる。



核廃絶に向けての強い問題意識「PROMISED LAND〜約束の地」


それが、翌年となる1982年11月21日にリリースされた8枚目のオリジナルアルバム『PROMISED LAND〜約束の地』だった。アルバムジャケットには、“FLAMMBLE”(可燃物)と書かれた核弾頭ではないかと囁かれる銀色に光る物体の前に佇む浜田が映されている。

まだ都会的なシティポップが台頭していた1982年の音楽シーンで、「ポップミュージックと核弾頭はなんの関係があるんだ?」と違和感を抱いた人も多かっただろう。人々は豊かになった時代を享受し、それに答えるような音楽が溢れていた時代に、このアルバムジャケットを打ち出した浜田にとっても大きな賭けだったことは言うまでもない。

しかし、そのインパクトはジャケットではなかった。ここからシングルカットされ、アルバムと同時にリリースされた「マイホームタウン」では、

 俺はこの街で生まれ
 16年教科書を
 かかえ手にしたものは
 ただの紙切れ

―― と歌う。

「マイホームタウン」は絶望の街、希望ヶ丘ニュータウンを舞台にした中産階級の苛立ちや青臭さ、行き所のない不安を自らの課題として浜田は描いた。自身も学生運動の最中に大学に入り、多くの死傷者を出した暴動を目の当たりにしながらも、それでも学歴にしがみつき生きざる得ない人たちの背景と心情を5分に満たない楽曲の中で見事に体現していた。

80年代の浜田のモチベーションはこういった疑問や苛立ちから湧き起こってきたのだと思う。そして、その根底には自らの出自にも関係する核廃絶に向けての強い問題意識があったのだろう。



今もステージに立ち、多くの観客の心に火を灯し続ける浜田省吾


このアルバムで浜田は、愛や希望をそのまま歌うのではなく、その根底にある当事者として向き合っていかなくてはならない課題をあえて歌にして、その激情をアルバムに詰め込んだ。これは当然、100万枚以上のセールスを記録したアーティストが試みるというのは前代未聞のことだろう。ラブソングで溢れるヒットチャートに浜田が投じた衝撃は、多くのリスナーの心を動かした。

それは、ロックとはすなわち、心の奥に潜んだ不安や衝動をありのままの形で表現してもいいということだ。浜田は、海外では当たり前だったこのモチベーションをヒットチャートに持ち込んだ初めてのソロアーティストだったと思う。

インストナンバー「OCEAN BEAUTY」を経て「マイホームタウン」から始まるこのアルバムでは、決して希望は描かれていない。しかし、希望の光を求めて喘ぎながら、最悪とも言える結末を描きながらも、それでも一筋の光を求めて生きなくてはならない様々な人物背景が描かれる。それは、普遍的な愛を描きながらも地球の環境問題について示唆するラストナンバー「僕と彼女と週末に」まで一貫している。目を逸らしてはいけない事象をドラマティックに描きながら、浜田はこのアルバムでロックアーティストとしてのオリジナリティを確立した。

被爆二世という自らの出自と真正面から向き合い、目を背けてはいけない現実を歌にした浜田は、今なお変わらぬモチベーションでステージに立ち続け、多くの観客の心に火を灯しつづけている。

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2022.11.21
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カタリベ
1968年生まれ
本田隆
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