夏が来ると聴きたくなる曲というのがある。シンプルな演奏のロックンロール。できれば、明るくて軽快なビートを持った曲がいい。例えば、ザ・ゴーゴーズのデビューシングル「泡いっぱいの恋(Our Lips Are Sealed)」。輝く太陽の下で聴くにはぴったりのナンバーだ。 1981年(1982年だったかもしれないが)、ヴォーカルのベリンダ・カーライルがニューヨークの街を歩いていると、ブロックの角である男が自分に向かって叫んでいるのが聞こえた。ベリンダはいつものことだと無視したが、男は叫ぶのをやめない。それどころか、ベリンダの方へ歩いてくる。彼女は振り返らずに走り出した。しかし、すぐ男に腕と掴まれてしまう。意を決して男に平手打ちをしようと振り向いた瞬間、息をのんだ。ブルース・スプリングスティーンだった。彼は笑顔で彼女に挨拶をすると、ゴーゴーズの目覚ましい活躍に注目していること、その成功に敬意を払っていることを直接伝えたのだという。 このエピソードは、僕が中学生の時に音楽雑誌で読んだものだ。当時は情報が乏しかったし、今にしてみればスプリングスティーンが本当にそこまでしたのかは怪しい気もするが、ゴーゴーズの音楽がそれだけ魅力的であることを伝えるには、十分効果的だった。 ちょうどその頃、ゴーゴーズはセカンドアルバムをリリースし、そのタイトルチューンである「バケーション」がよくラジオでかかっていた。特集が組まれると、全米1位を記録した前作『ビューティ・アンド・ザ・ビート』からのヒット曲も一緒に聞くことができた。どれも軽快なビートと明るいサウンドが特徴の魅力的な曲ばかりで、アメリカのハイスクールに通うロック好きの女の子って、こんな風なのかなと思ったりもした。 ゴーゴーズの音楽には、ティーンエイジャーの未来に明るい光を投げかけるような、屈託のなさや親しみやすさがあった。その賑やかでキュートな佇まいは、同年代の男のロックバンドにはないもので、彼女たちが同性からも大きな支持を得ていたのはよくわかる。 それだけに、ゴーゴーズがデビューからわずか4年で解散したときは、正直驚いた。サードアルバム『トーク・ショー』からのファーストシングル「キッスに御・用・心(Head Over Heels)」が、とてもいい曲だっただけに、残念にも感じた。この翌年、ゴーゴーズとはまた違うコケティッシュな魅力をもったバングルスが「マニック・マンデー」を大ヒットさせ、ガールズバンドの世代交代を強く印象付けることになる。 バンド解散後、ベリンダ・カーライルはソロでも成功を収めたが、そのサウンドはメインストリームに寄ったものとなり、ストレートなロックンロール色が影を潜めたことで、僕の興味は薄れていくことになる。… と、これは個人的な好みの話。 思えば、僕がキャピトルズのソウルクラシック「クール・ジャーク」を知ったのは、ゴーゴーズのヴァージョンでだった。ライヴではもっとたくさんのカヴァーソングを演奏しており、僕は彼女たちのそんなところにも惹かれていたのだ。 久しぶりにベリンダが歌う曲に耳を奪われたのは、1989年の冬、ラジオを聴きながら受験勉強をしていると、彼女の新曲「輝きのままで(Leave A Light On)」が流れてきた時だった。曲の後半で耳なじみのあるスライドギターが鳴った瞬間、僕は参考書から顔を上げ、ラジカセに目をやった。俄かには信じられない。曲が終わった後に DJ が何か言うのを待ったが、何も言わなかった。でも、間違いない。あのギターはジョージ・ハリスンだ。 後日、FM 雑誌に掲載されたインタビューの中で、ベリンダが嬉しそうにそのことについて語っているの読んだ。なんでも、ダメ元でテープをジョージに送ったところ、ギターを重ね録りしたものが送り返されてきたのだという。これには彼女も相当驚いたらしい。その時のことを興奮気味に語る様子が、なんだか微笑ましく、嬉しくもあった。 ちなみにエリック・クラプトンも、僕と同様、この曲をラジオで聴いて驚いたひとりらしい。「この前、君のスライドに似た演奏を聴いたよ」と、エリックがジョージ本人に訊ねている映像も残っている。 ―― 夏が来ると聴きたくなる曲というのがある。軽快なビートを持った小気味良いロックンロール。賑やかでキュートなガールズバンド。例えばゴーゴーズのヒット曲なんて、輝く夏の太陽にぴったりだと思う。そして、ふと考えるのだ。ジョージ・ハリスンも彼女たちのことが好きだったのだろうか? 本当にブルース・スプリングスティーンは、ベリンダ・カーライルに声をかけたのだろうか? そんな思いを巡らせるのも、また楽しい。夏が来れば思い出す、遥か昔の記憶と青い空… である。
2019.08.17
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YouTube / OfficialGoGos
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