7月15日
ジョージ・マーティンもプロデュースした “アメリカ” の出身はどこ? 
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photo:venturahighway.com  

ジョージ・マーティンが亡くなって2018年3月8日で2年が過ぎた。享年90だから、大往生だったと言えるだろう(赤の他人が言うのも失礼な話だが)。

彼は5人目のビートルズ(Fifth Beatle)とも呼ばれたように、ザ・ビートルズ作品のほぼ全てのプロデュースを手掛けたことから「ザ・ビートルズのプロデューサー」の印象が強いが、実際にはジェフ・ベックやチープ・トリック等、ザ・ビートルズ以外のアーティストとも素晴らしい作品を生み出している。そんな中、今回、僕が注目したいのがアメリカだ。

僕にとって、このグループのイメージはLAとロンドンの間をふわふわ浮いている―― サウンド的には西海岸以外の何物でもないのに、なんとなく空が曇っている感じがするのだ。

1971年にデビューしたアメリカは、翌年シングル「名前のない馬(A Horse With No Name)」とアルバム『名前のない馬(America)』が全米No.1となると、その年のグラミー賞の “Best New Artist Of The Year” を獲得した。正に順調な滑り出しだった。

なのに、彼らは西海岸系と言われるのを嫌がったのか、はたまたクロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングと比較されるのに反発したのか、74年にリリースされた4thアルバム『ホリデイ』では、後に英国王からサー(Sir)の称号を与えられることになるジョージ・マーティンをプロデューサーに迎えた。

ジョージ・マーティンとの共作は79年リリースの8thアルバムまで続いたが、その間に「魔法のロボット(Tin Man)」、「ロンリー・ピープル」、「金色の髪の少女(Sister Golden Hair)」といったヒット曲を生み出した。

だが、面白いことに、ジョージ・マーティンがいくらストリングスやオーケストラを導入しようとも、アメリカのサウンドはどこまで行っても「ザ・西海岸」だった。このように米英間を浮遊したような彼ら独特の存在感は、実は、その生い立ちに由来している。

アメリカは69年にデューイ・バネル、ダン・ピーク、ジェリー・ベックリーの3人によってロンドンで結成されたが、3人共、父親が英国内の米国空軍基地に勤務していた。つまり、3人は「米国籍&英国育ち」だった訳だ。このことが、もしかしたら「アメリカ」というグループ名が付けられた理由なのかもしれない。

72年にLAに活動拠点を移した彼らは黄金期を迎えたが、77年にダン・ピークが脱退してデュオになるとその人気は陰り始めた。やがてジョージ・マーティンとの共作関係も終了すると、完全な低迷期に入ってしまう。

そんな彼ら久々の、そして最後のヒット曲が「風のマジック(You Can Do Magic)」だった。曲の提供者&プロデューサーはラス・バラード。日本のロックファンには、レインボー「シンス・ユー・ビーン・ゴーン」の作者としてお馴染みだろう。

この曲が収録された10thアルバム『風のマジック(View From The Ground)』には、カール・ウィルソン(ビーチ・ボーイズ)、クリストファー・クロス、ジェフ・ポーカロ(TOTO)、ティモシー・B・シュミット(イーグルス)といった西海岸を代表するミュージシャンが参加し、正真正銘の西海岸サウンドを披露したが、それでも僕にはやっぱりどことなく曇り空がイメージされるのだった。

ちなみに、この曲がレコーディングされたのは、ザ・ビートルズの聖地「アビー・ロード・スタジオ」であった。


Song Data
■ You Can Do Magic / America
■ 作詞・作曲:Russ Ballard
■ プロデュース:Russ Ballard
■ 発売:1982年7月6日(1982年10月16日 8位)

Billboard Charts
■ A Horse With No Name(1972年3月25日 1位)
■ America(1972年3月25日 1位)※アルバム
■ Tin Man(1974年11月9日 4位)
■ Holiday(1974年11月23日 3位)※アルバム
■ Lonely People(1975年3月8日 5位)
■ Sister Golden Hair(1975年6月14日 1位)


2018.03.08
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カタリベ
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