7月15日

ジョージ・マーティンもプロデュースした “アメリカ” の出身はどこ? 

109
1
 
 この日何の日? 
アメリカのアルバム「風のマジック」がリリースされた日
この時あなたは
0歳
無料登録/ログインすると、この時あなたが何歳だったかを表示させる機能がお使いいただけます
▶ アーティスト一覧

 
 1982年のコラム 
森田芳光「シブがき隊 ボーイズ&ガールズ」Blu-ray で観られる貴重なジャニーズ映画

ジョーン・ジェット、ランナウェイズの悩殺爆弾からアイ・ラヴ・ロックンロール!

今すぐ観なさい!SF映画の金字塔「ブレードランナー」の哲学は今も古びることはない

80年代の「ザ・ベストテン」に学ぶ美しき世代交代、懐かしむより超えてゆけ!

郷ひろみ「寒い夜明け」から「哀愁のカサブランカ」までのスリリングで濃密な6年間

ゴーゴーズ「バケーション」ロックな女の子ボーカルが好きなんです!

もっとみる≫



photo:venturahighway.com  

ジョージ・マーティンが亡くなって2018年3月8日で2年が過ぎた。享年90だから、大往生だったと言えるだろう(赤の他人が言うのも失礼な話だが)。

彼は5人目のビートルズ(Fifth Beatle)とも呼ばれたように、ザ・ビートルズ作品のほぼ全てのプロデュースを手掛けたことから「ザ・ビートルズのプロデューサー」の印象が強いが、実際にはジェフ・ベックやチープ・トリック等、ザ・ビートルズ以外のアーティストとも素晴らしい作品を生み出している。そんな中、今回、僕が注目したいのがアメリカだ。

僕にとって、このグループのイメージはLAとロンドンの間をふわふわ浮いている―― サウンド的には西海岸以外の何物でもないのに、なんとなく空が曇っている感じがするのだ。

1971年にデビューしたアメリカは、翌年シングル「名前のない馬(A Horse With No Name)」とアルバム『名前のない馬(America)』が全米No.1となると、その年のグラミー賞の “Best New Artist Of The Year” を獲得した。正に順調な滑り出しだった。

なのに、彼らは西海岸系と言われるのを嫌がったのか、はたまたクロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングと比較されるのに反発したのか、74年にリリースされた4thアルバム『ホリデイ』では、後に英国王からサー(Sir)の称号を与えられることになるジョージ・マーティンをプロデューサーに迎えた。

ジョージ・マーティンとの共作は79年リリースの8thアルバムまで続いたが、その間に「魔法のロボット(Tin Man)」、「ロンリー・ピープル」、「金色の髪の少女(Sister Golden Hair)」といったヒット曲を生み出した。

だが、面白いことに、ジョージ・マーティンがいくらストリングスやオーケストラを導入しようとも、アメリカのサウンドはどこまで行っても「ザ・西海岸」だった。このように米英間を浮遊したような彼ら独特の存在感は、実は、その生い立ちに由来している。

アメリカは69年にデューイ・バネル、ダン・ピーク、ジェリー・ベックリーの3人によってロンドンで結成されたが、3人共、父親が英国内の米国空軍基地に勤務していた。つまり、3人は「米国籍&英国育ち」だった訳だ。このことが、もしかしたら「アメリカ」というグループ名が付けられた理由なのかもしれない。

72年にLAに活動拠点を移した彼らは黄金期を迎えたが、77年にダン・ピークが脱退してデュオになるとその人気は陰り始めた。やがてジョージ・マーティンとの共作関係も終了すると、完全な低迷期に入ってしまう。

そんな彼ら久々の、そして最後のヒット曲が「風のマジック(You Can Do Magic)」だった。曲の提供者&プロデューサーはラス・バラード。日本のロックファンには、レインボー「シンス・ユー・ビーン・ゴーン」の作者としてお馴染みだろう。

この曲が収録された10thアルバム『風のマジック(View From The Ground)』には、カール・ウィルソン(ビーチ・ボーイズ)、クリストファー・クロス、ジェフ・ポーカロ(TOTO)、ティモシー・B・シュミット(イーグルス)といった西海岸を代表するミュージシャンが参加し、正真正銘の西海岸サウンドを披露したが、それでも僕にはやっぱりどことなく曇り空がイメージされるのだった。

ちなみに、この曲がレコーディングされたのは、ザ・ビートルズの聖地「アビー・ロード・スタジオ」であった。


Song Data
■ You Can Do Magic / America
■ 作詞・作曲:Russ Ballard
■ プロデュース:Russ Ballard
■ 発売:1982年7月6日(1982年10月16日 8位)

Billboard Charts
■ A Horse With No Name(1972年3月25日 1位)
■ America(1972年3月25日 1位)※アルバム
■ Tin Man(1974年11月9日 4位)
■ Holiday(1974年11月23日 3位)※アルバム
■ Lonely People(1975年3月8日 5位)
■ Sister Golden Hair(1975年6月14日 1位)


2018.03.08
109
  YouTube / MrxTubeHD
 

Information
あなた
Re:mindボタンをクリックするとあなたのボイス(コメント)がサイト内でシェアされマイ年表に保存されます。
カタリベ
1965年生まれ
中川肇
コラムリスト≫
27
1
9
8
3
当時はまだ20周年!ストーンズの映画「レッツ・スペンド・ザ・ナイト・トゥゲザー」
カタリベ / 本田 隆
44
1
9
8
5
フジテレビが中継したライヴエイド、僕らの観たスーパースターは1時間遅れ
カタリベ / 宮木 宣嗣
29
1
9
8
7
圧巻のマドンナ旋風、その全てが次世代ダンスミュージックの原点!
カタリベ / KARL南澤
38
1
9
8
1
総立ちの女王、白井貴子の魅力とは? AORから女性ロックシンガーの頂点へ
カタリベ / ミチュルル©︎たかはしみさお
23
1
9
8
1
ビートルズ来日から15年、スターズ・オン45 によるメドレーブーム勃発!
カタリベ / 宮木 宣嗣
28
1
9
8
4
80年代ポールの最高傑作「ノー・モア・ロンリー・ナイツ」の不遇
カタリベ / 宮井 章裕