7月17日

郷ひろみ「寒い夜明け」から「哀愁のカサブランカ」までのスリリングで濃密な6年間

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青年から大人の男へ… 郷ひろみの濃密で特別な期間


1970年代半ば、小学生だった筆者にとってテレビの歌番組に登場する「新御三家」の西城秀樹と野口五郎は、カッコいい兄貴たちだった。しかし、郷ひろみだけは異質で、声が甲高く甘すぎるマスクと中性的な王子様のような雰囲気は、小学生男子にとっては “いけないモノ” を見ているような危うさを覚えていた。

ところが、そんな郷ひろみがある時を境にして、中性的な王子様から男らしい青年へとみるみると変貌していった。

筆者が郷ひろみに対する認識を改める境目となったのは、1976年11月1日にリリースした19作目のシングル「寒い夜明け」だ。そこから1982年7月17日リリースの43作目のシングル「哀愁のカサブランカ」までの期間は、名曲ぞろいのシングルと、捨て曲なしのアルバム、そしてテレビでのパフォーマンスや演技を通して、青年が大人の男へと成長していく様を見せつけてくれるという濃密で特別な期間だった。

郷ひろみが追求した世界観を表現した夜ヒット




郷ひろみの曲はなかなかサブスク解禁されなかったので、当時の曲を聴き直す機会がなかったのだが、昨年ついにサブスク解禁となった。あらためてシングルをリリース順に聞き、彼のヒストリーと比較してわかったことがある。

郷ひろみがジャニーズ事務所を離れてバーニングに移籍したのが1975年、そこから1年間は幅広いタイプの曲にトライして方向性を探る。その成果が形になったのが「寒い夜明け」であり、それ以降は郷ひろみにしか表現できない世界を追求し続けていく。

その世界観の追求がもっとも如実に表現されたのが、フジテレビの歌番組『夜のヒットスタジオ』(以下、夜ヒット)だった。当時はホールでの公開中継が主流だった歌番組の中で、スタジオ生放送の『夜ヒット』は異質な存在。じっくり歌を聞かせることができるので、出演する歌手にとっては真剣勝負の場でもあった。

また番組側も、見せ場を作れるスター歌手には特別な演出を用意して、『夜ヒット』でしかできない世界観を作り上げてきた。その筆頭が、沢田研二と郷ひろみだった。

「真夜中のヒーロー」「洪水の前」「禁猟区」「バイブレーション(胸から胸へ)」「ハリウッド・スキャンダル」「ナイヨ・ナイヨ・ナイト」「いつも心に太陽を」「マイ・レディー」「セクシー・ユー(モンロー・ウォーク)」「タブー(禁じられた愛)」「How many いい顔」「お嫁サンバ」「哀愁ヒーロー Part.1・part.2」「純情」「女であれ、男であれ」…、などの『夜ヒット』での名場面は、今でも思い出すことができるくらい強烈だった。

特に1980年以降は、郷ひろみのパフォーマンスを、後ろの雛壇に座る田原俊彦が射るような真剣な表情で見つめていたのが印象に残っている。それくらい『夜ヒット』での郷ひろみは特別な存在であった。

同時に視聴者にとっては、中世的な王子様で“いけないモノ” を見ているような印象だった童顔の美少年がセクシーな大人の男へと羽化していく様をリアルタイムで鑑賞するようなもの。70年代後半から80年代にかけて、郷ひろみが「新御三家」の中で飛び抜けた存在感を発揮するようになったのは、当然のことだ。

はじまりはニッポン放送の番組企画「哀愁のカサブランカ」


毎回、新曲の発表が注目を集めるようになった郷ひろみが、1982年7月17日、夏の真っ盛りにリリースしたのは、洋楽カバー曲の「哀愁のカサブランカ」だった。

この曲に関しては、ジャニーズ事務所を離れた後の郷ひろみの世界観を作り上げてきたソニーの名プロデューサー酒井正利氏主導ではなく、ニッポン放送の番組企画から始まったという郷ひろみのキャリアの中でも異色の形で実現したものだ。

米国の歌手バーティ・ヒギンズのアルバム『Just Another Day in Paradise』に収録された「Casablanca(カサブランカ)」を聴き、日本でヒットするはずだと考えたニッポン放送のパーソナリティが、自身の番組で何回も取り上げ話題になる。

そして日本語の歌詞と誰に歌ってほしいかを募集するなど、番組全体で盛り上げていくことで、原曲の日本でのシングルカットと、日本語カバーの発売が決定する。リスナーからの要望を踏まえて番組スタッフが協議した結果、郷ひろみに白羽の矢が立った。

リスナーやスタッフ選んだのは “大人の男へと変貌した” 郷ひろみ


たしかに「Casablanca(カサブランカ)」という曲は、日本人の琴線に触れる、まさに “哀愁” を感じる美しいメロディーが秀逸。洋楽カバーということを知らなければ、日本人が書き下ろしたバラード曲と言われても疑わないくらい、日本人の感性にしっくりくる名バラードだ。

リスナーやスタッフが郷ひろみを選んだのは、先述したように大人の男へと変貌していく様をリアルタイムで見せてきたことで、「今の郷ひろみなら、この世界観を表現できるはずだ」と確信されたのだと思われる。

本人曰く「歌は聴く人によって受け止め方や感動の度合いが異なるはず。それを度外視して順位付けをすることに、当時の僕は強い抵抗があったのでしょう」(デイリー新潮より引用)という理由で、一度も出演しなかったにも関わらず『ザ・ベストテン』の年間8位にランキングされるほどの大ヒットとなった「哀愁のカサブランカ」は、それまで郷ひろみに注目していなかった人たちの注目も集め、大人の男へと変貌したことが周知されることとなった。

デビュー50周年! 不屈の努力で積み上げたキャリア




2022年、郷ひろみはデビュー50周年を迎えた。もちろん本人が健康であり、不屈の努力を続けてきたことがここまでのキャリアを形成できた大きな理由ではある。しかし、「哀愁のカサブランカ」の大ヒットで大人の男性歌手として認識されたことは、彼のキャリアでは欠かせないエポックメイキングな出来事だったと思う。

1990年代に「僕がどんなに君を好きか、君は知らない」をはじめとしたバラードのヒットを連発したことも、「哀愁のカサブランカ」で切ないバラードを歌える存在だと認識されたことが大きかったと考えている。

1976年の「寒い夜明け」から1982年の「哀愁のカサブランカ」まで、青年が大人の男へと変貌していくスリリングな期間の名曲たち、そしてその当時の捨て曲なしの見事なアルバム群。機会があればサブスク音楽配信で一度確認してみてほしい。

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2022.07.17
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カタリベ
1964年生まれ
冨田格
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