初回プレス時はアルファベット表記のみ!中森明菜「DESIRE」
欲望、欲求、願望―― “DESIRE” を名詞として使う場合の意味はこんな感じになる。
英語という言語は、なんでもかんでも動詞にしてしまう傾向があり(?)、近頃では、企業名すらそのように使われたりもするのだからタマげてしまう…… と、書いてはみたものの、最近の日本語だって「“ググる” なんて言葉が日常語化しているじゃないかー!」ってことは、よそのお国の言語に関してケチなんぞつけられる立場ではないってことになりそうである。
では、DESIREを動詞として使うのならば、~を強く望む、~を欲求する、~を願う、~を要望する―― といったあたりか。
どこか浮世離れした雰囲気があり、映画や小説で使われることのほうが多い単語なのではないだろうか。
我が国ニッポンで “DESIRE” と言えば、中森明菜(以下、明菜嬢)が1986年2月3日にリリースしたシングル「DESIRE」を思い浮かべる人が多いことだろう。ちなみに、この曲が発売されるウンと前の1981年、もんた&ブラザースが同名異曲を歌っていたこともあった。が、こんなことを思い出す人はもうあまりいないのかもしれない。彼らのディスコグラフィーにおいては2番目に売れた曲ではあるのだが、例の “夜通し踊っている” を横文字にして連呼する歌があまりにも売れ過ぎたからなのか、その陰で慎ましやかにしている感は否めない。
ところで、明菜嬢の「DESIRE」はいつから「DESIRE -情熱-」と表記されるようになったのか? アナログの初回プレス時は、紛れもなくアルファベット表記のみだったはずである。ググってみたところ、翌1987年発売の限定企画CDから「-情熱-」という表記が付け加えられたとの記載がある。
それでは、時代の生き証人として、あの頃のことを振り返ってみることにする。
浮足立った時代でも、威風堂々のレコード売上
DESIREと聞いて、その意味がすぐに思い浮かぶティーンなんて、どれほどいたのだろうか。高校生が覚えるべき英単語リストに、DESIREなる単語が印字されていた記憶は一切合切ナイ。それどころか、DESIREには性的欲求の意を含む使い方もあり、甘く危険な香りが漂う “用法注意” の単語とも言える。ひょっとしたら、健全なる青少年を育成する上での配慮とやらによりリスト外しが粛々と行われたのか?(いや、単に常用語ではなかったとも…)
それはさておき、明菜嬢の「DESIRE」を、「嫌いだ!」そんな風にのたまう人は筆者の周囲にはいなかった。こんなことあえて書かずとも、51.6万枚という威風堂々のレコード売上がそれを物語るというものヨ。とはいえ、曲は大いに楽しんで聴かせてもらったが、そのタイトルや歌詞が言わんとしていることについての思案は… と言えば、ほとんどした記憶がない。
バブル前夜、キャバクラ、イッキ!イッキ!―― どこかチャラついて浮足立ってしまった時代の影響か「曲の良し悪しはノリで決める!」そんな人が多かったのかもしれない。明菜嬢が歌っているから、かっこいいからとか、あくまでもよく “あるある” な理由で。
退廃的になりつつあった若者たちへの警告?
「DESIRE」の発売から35年、当時はうら若き高校生だった筆者も50代の初老に(笑)。が、この曲をより堪能できる域に達した… とも言い換えられるはずでアリマシテ。これはジジイ化したことによる負け惜しみではない。あの頃には考えようともしなかった… いや、思いあぐねたところで理解しきれなかったであろう歌詞の意味を、半世紀を生き抜いてきた今なら充分に味わうことが出来そうだからである。
退屈、堕天使、孤独―― 「DESIRE」は、退廃的になりつつあった若者たち、そんな彼らに対する警告のようにも受け取れる。
時代のせいにはしたくないが、景気の良さに酔いがまわりはじめ、街はチャランポランな輩であふれかえった。何にこだわればいいの、何を信じればいいの… 愛の意味さえ分からなくなってしまったという時代の恋人達のみならず、おそらく日本人の多くがなんらかの形で道を踏み外し始めたのはこの頃だったのか?
「♪ 幸せ~ってなんだっけ なんだっけ」という、某醤油メーカーのCMソングが流行ったのもこの時期。“失われた30年” への落とし穴は、この辺りから不気味にパックリと口を開け、人々を奈落の底へ引きずりこもうとしていたのだろうか。
まっさかさまに墜ちて desire
炎のように燃えて desire
ぶつかり合って廻れ desire
星のかけらをつかめ desire
大切な何かを取り戻すために… 極限に達して情熱を取り戻せ! という説法のようにも聞こえてくる。タイトルを「DESIRE」から「DESIRE -情熱-」に変えた意味、あえて「情熱」という日本語を宛がった意図とは? 本来のDESIREが意図するものからは少し飛躍気味ではあるものの、副題ありの方が歌詞の意味を捉えやすくなる効果は確かにある。
中森明菜が心で感じ取った、炎のように燃えるナニか
この曲の歌詞を綴ったのは阿木燿子。鈴木キサブローが紡いだメロディと絶妙に絡まり、パーフェクトすぎるほどの楽曲に仕上がった。明菜嬢のディスコグラフィーにおいても、代表作という位置づけになるのは大いに頷ける。
DESIREの語源はラテン語で、星を見た際に思い焦がれるキモチ=DE + sīdus “星” から派生しDESIREへと変化していった単語だそうである。歌詞内に “星” がネジこまれているのを見るにつけ、阿木女史がDESIREの意味を入念に調べたあげた上でペンを走らせたことが伺える。
明菜嬢×阿木女史のタッグは、アルバム『NEW AKINA エトランゼ』収録の「ヴィーナス誕生」が初陣であり、シングル盤としては「DESIRE -情熱-」が処女作。本来は「LA BOHEME(ラ・ボエーム)」という曲がA面予定だったが、明菜嬢の感性がそれを激しく拒んだ。なにせ、デビュー準備段階のレコーディング場において「この曲は私には合わない」という夢判断… もとい、的確なる自己判断をカマして周囲を驚かせたムスメである。山口百恵で名を轟かせた阿木作品という点でも、明菜嬢の脳細胞が刺激される一因になったのだとは思う。が、理由はそれだけではなかったはずである。「この曲だ!」と即座に決定づけたくなる、炎のように燃えるナニかを心で感じ取った上でのアピールだったのではないだろうか。
明菜嬢が本曲に捧げた情熱は、歌披露時のパフォーマンスや衣装にまで及んだ。野球のピッチングからヒントを得たと言われる例のフリツケ、いわゆる「ハードッコイ」の箇所。それのみならず、着物風衣装で歌うことを自ら発案するなど、いつにも増してやる気マンマンモードだったのだ。ニュー着物と呼ばれた洋装アレンジは、1985年あたりを皮切りに注目を集めていたことから、その流行を採り入れたチーム明菜は先見の明がアリアリだったように思う。ちなみに同スタイルは、三沢あけみ「渡り鳥」、内田あかり「好色一代女」等、ウレウレ熟女の演歌勢もこぞって取り入れていたことを付け加えておこう。
変革の時を迎えたアイドル勢力図
明菜嬢が「DESIRE -情熱-」を歌いはじめた頃、アイドル界の勢力図は変革の時を迎えていた。それまで月の女王と太陽の女王の、いわゆるツートップがけん引してきたアイドル界だったが、太陽の女王はスッタモンダ後に結婚&出産という形をとり、一時的にではあったものの戦線離脱に。その間、明菜嬢は孤高の女王になったのである。
「♪ ゲラ ゲラ ゲラ ゲラ」という歌いだしは、その “ゆるぎない地位” を手にしたことによる高笑い? いいえ、ゲラゲラではなく「♪ Get up Get up…」ですから~ソレ! 明菜嬢がそんな程度の器ではなかったこと… それはこの曲以降のパフォーマンスを見ても明白というものヨ。
が、俗世界に変化が起きたように、1986年以降のアイドル界にも同様の波は押し寄せたのである。
衣がえ じだいがなんだかきゅうくつそうだから…
「DESIRE -情熱-」には、こんなキャッチコピーが添えられた。それはあたかも、押しも押されもせぬ女王となった明菜嬢にさえ、新しいナニかが必要だと訴えかけるかのように…。
■ DESIRE -情熱- / 中森明菜
■ 作詞:阿木燿子
■ 作曲:鈴木キサブロー
■ 編曲:椎名和夫
■ 発売日:1986年2月3日
■ 発売元:ワーナーパイオニア
■ オリコン最高位:1位
■ 売上枚数:51.6万枚
※2021年2月3日に掲載された記事をアップデート
2021.05.15