10月9日

中森明菜「ソリチュード」マツコが “ファンにとっての踏み絵” と評した問題作!

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photo:Warner Music Japan  

声を張る唱法を大胆に封じた、中森明菜「SOLITUDE」


ちょっと前の話である。テレビの公開カラオケ番組で、中森明菜の曲をカバーしている女性歌手がいた。彼女の歌は上手く、客席は大いに湧き、たくさんの拍手が起こっていた。にもかかわらず、その曲は私の心の琴線に触れてこなかった。彼女の歌を聴きながら、明菜の熱唱が執拗に思い出され、頭に響いて胸にこだまする。その時に、ああ明菜は特別なんだな、選ばれし歌手なんだなと思い知らされた。自分でもちょっとびっくりした。

静と動、メリとハリ、光と影。ダイナミックなレンジの広がりを巧みに使い分けるボーカルと、表現力の凄み。滲み出る陰りと色気と魅力。明菜、すげえよ。

その明菜が、お得意の声を張る唱法を大胆に封じた曲がある。マツコ・デラックスをして「ファンにとっての踏み絵」と言わしめ、1985~86年という2年連続レコード大賞獲得という絶頂期にあって色々な意味で賛否両論を呼んだ曲。いくつかあった候補からスタッフの反対を押し切り、本人がシングルに選んだというエピソードも最高すぎる。

私が一番愛する13thシングル「SOLITUDE」、である。

ブライアン・フェリー「ドント・ストップ・ザ・ダンス」にリンクする歌唱


 25階の非常口で
 風に吹かれて爪を切る
 たそがれの街 ソリテュード

それは高3の秋。「SOLITUDE」を初めてテレビで聴いた第一印象は「あれ、これブライアン・フェリーの “ドント・ストップ・ザ・ダンス” に似てるな…」だった。

似てないか? 似てるでしょう? 誰も言わないんだけど、私は似てると勝手に思っている。

「ドント・ストップ・ザ・ダンス」は1985年6月にリリースされたフェリーのソロアルバム『ボーイズ・アンド・ガールズ』収録曲。洗練された大人のダンスミュージックだ。シングルとしてMVも頻繁に流れたし、日本ではビデオカセットのCM曲になったからご存知の方も多いだろう。

この「ドント・ストップ・ザ・ダンス」の冒頭から続くベースラインというかリズムのビート感が、私の中で完全に「SOLITUDE」と重なるのである。フェリーの声量のない不安定なボーカルも、明菜の抑揚レスな歌唱にどこかリンクした。

受験勉強のお供にカセットテープに2曲続けて録音し、エンドレスリピートで聴いた。狭い自分の部屋が黄昏のビル街につながっていくような陶酔感。「SOLITUDE」の舞台はニューヨークとも言われるが、私の心に広がる景色は暮れなずむ西新宿のビル群だった。今聴いてもあまりの心地よさにうっとりする。

ちなみに 「SOLITUDE」の編曲は中村哲。フュージョンバンド、プリズムに参加していたサックス&キーボード奏者にして人気アレンジャーである。



作詞は湯川れい子。クールビューティーさにしびれた「適度な距離感」


タイトルは直訳で「ひとりぼっち」。作詞は湯川れい子御大だ。当時のアイドルのシングルにはあり得ないそっけなさに震え、詞世界のクールビューティーさにしびれた。果たしてこれはノワール仕立ての愛憎劇? 別れを告げる女から男へのはなむけ?

独りでいることを高らかに宣言するわけでなく、私に近づくなと彼に威嚇するでなく、ただ密やかに物憂げに、彼女は25階の非常口で爪を切っている。

時代は1985年。バブルと男女雇用機会均等法の施行はもう少し先だ。ジェンダー格差といった言葉は世間には影も形もない。そんな中、20歳になったばかりの明菜がソフトな歌声で大人の女のソロ活を表現しきっているなんて、そりゃあ鳥肌も立つ。

さらに深読みをするなら、この詞世界の「適度な距離感」はまさにコロナ禍で生活を送る私たちの状況を反映しているようにも思える。予言ソングかも?

 捜さないでね 醒めちゃいないわ
 誰よりも愛してる そう云い切れるわ
 だからなおさら ままごと遊び
 男ならやめなさい そんな感じね
 Let's play in solitude

マツコ・デラックスが褒めちぎった!「明菜の中でも特に好き」


当時の「SOLITUDE」の評価の中には、“地味な曲”、“大人っぽすぎる、都会っぽすぎる”、“いつもの痛快さがない” といったがっかり批評も少なからずあったようだ。オリコン初登場1位は獲得したものの、年間チャートでは35位。

それまで明菜のシングルと言えば、啖呵を切るような歌詞が乗ったノリの良い曲か、バラードは感情豊かに聴かせるものだったから、終わりまでしれっとクールなままの「SOLITUDE」は、ファンにとっては肩透かしのような一曲だったろう。賛否両論にもなるに違いない。

その「SOLITUDE」が新たに脚光を浴び、再評価されたのは、明菜ファンを公言するマツコ・デラックスがテレビの某音楽特番で褒めちぎったことからとも言われている。マツコ曰く――

「明菜の中でも特に好き。あれはアイドルからアーティストへという変化の流れを明確にした曲。大人すぎて受け入れられなかった人も多く、離れていった初期のファンもいる。ある意味踏み絵と言っていい。罪つくりな曲よ」

膝を打ちまくった。うまいなあマツコ。

確かに売り上げ面でのパワーダウンは否めないが、明菜が教祖的存在になっていくのはここからのようにも見える。でも本人にしてみれば、新たなステップのために方向転換を考えていただけではないのか。アイドルからの脱皮をはかる分岐点として己の表現力を実験的にアップデートし、アーティストとして進んでいくのだという、この曲が決意表明だった気がしてならない。

作曲はゴダイゴのリードボーカル、タケカワユキヒデ


ちなみに作曲はタケカワユキヒデ。私がこよなく愛するご存知ゴダイゴのリードボーカルにしてメロディーメーカーだ。彼は1987年発表のソロアルバム『ハロー / グッド・ナイト』にて、結構元曲に忠実に「SOLITUDE」をセルフカバーしている。タイトルは「Don't Open Up To Strangers」。このベースラインがまたさらにブライアン・フェリー感増し増しで、シンセアレンジはドラマチックで、奈良橋陽子による英訳詞もタイトルからして「さらなる適度な距離感」があって良いのだ。

 捜さないでね 醒めちゃいないわ
 少し憎んで すぐ忘れてね
 誰もみなストレンジャー 初めは他人

そして翌1986年2月、明菜は心の中に溜め切った情をドカンと爆発させるかのように、次なるシングル「DESIRE -情熱-」を発表する。私はこの2曲の間の温度差や、アイドルとしての明菜が終わっていく予感めいた振り幅もまた、たまらなく好きなのだった。

 Let's play in solitude!





※2021年5月14日に掲載された記事をアップデート

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2022.10.09
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カタリベ
1968年生まれ
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