石川秀美は “花の82年組” 新人賞レースに軒並みノミネート!
今回は、1985年12月18日に発売された石川秀美の通算17作目となるシングル「サイレンの少年~遠くで抱きしめて~」(以下「サイレンの少年」)を取り上げてみます。
石川秀美は、1982年4月21日に、シングル「妖精時代」(作詞:松本隆、作曲:小田裕一郎、編曲:萩田光雄)でデビューし、その可愛らしい笑顔や芸能人運動会で活躍するほどの健康美、さらには元気でまっすぐな歌声が人気となり、続くセカンドシングル「ゆ・れ・て湘南」で初のオリコンTOP30入りし、その年の各種新人賞レースに軒並みノミネートされました。
さらに翌1983年の4thシングル「涙のペーパームーン」で初のTOP20入り、続く5thシングル「Hey!ミスター・ポリスマン」ではTOP10入り、以降は歌唱力にも磨きがかかり、1984年秋の12thシングル「ミステリーウーマン」まで8作連続TOP10入り。同作ではオリコン最高5位まで伸ばしています。ただし、レコード順位が発売3週目から大きく下降したり、有線放送のリクエストが弱かったりしたことで、総合的なヒットを見る『ザ・ベストテン』では、この8作中3作がギリギリでベストテン入りを逃すなど、ヒヤヒヤする状況が続いていました。
1985年には大人の実力派歌手へ、洋楽エッセンスを大胆に導入!
それを音楽的に打破しようとしたのが、この1985年。まず1月に、前作「ミステリーウーマン」同様に洋楽エッセンスを大胆に取り入れた「グラマラス・ライフ」風の「もっと接近しましょ」を発売し、「♪グラマラスに 抱いて~」と挑発的な歌唱を披露。
以降、4月発売のビートの効いたポップロック「あなたとハプニング」では、濃厚なキスにトライしようとより艶めかしく歌い、7月発売の「Sea Love You~キッスで殺して」では、従来の小田裕一郎メロディーで美脚をアピールした衣装ながら、年下のSweet Cherry Boyの誘惑を歌い、続く9月発売で自身がCMキャラクターになった化粧品タイアップソングの「愛の呪文」では、「♪ Get back! Get back! Get back!~」とアクティブかつセクシーな歌声で魅了しました。
この劇的な変化が劇薬だったのか、シングルレコードの売上はこの1年間で半分以下になった反面、「愛の呪文」で初のNHK紅白歌合戦出場を決めるなど、大人の実力派歌手として認められるようになっています。
衝撃的な路線変更「サイレンの少年」ハードロック路線を邁進!
その年末に発売されたのがこの「サイレンの少年」。ドラムがダン!ダン!と強く鳴り響き、ギターがギュイーーーーンとファズりまくる(死語)演奏で、歌謡ロックやポップロックと言うより、むしろハードロック系の曲想で、秀美本人もそれまでのチャームポイントだった笑顔を封印し、またこの年に開拓したセクシーな歌声をも抑えめにして、ただただ魂を吐き出すように熱唱しています。
また、「♪ 他の子に哀しい陰口 叩かれても構わない~」とノンブレスで歌いきる部分はいかにも芹澤廣明らしいメロディー。そこに、80年代の激しい曲調にはつきもののEVEのコーラスも加わり、それなりにヒット路線にはなっているのですが、さらなる問題は歌詞です!
まず、出だしから「遠くで抱きしめて」と、ラブソングなのに一緒にいられない状況を物悲しく歌い上げます。そして、その後、二人は追いかけられた末に、彼氏が裏通りへ走り去り、それにより周囲に陰口を叩かれても愛を貫こうと誓います。さらに遡ると、どうやら彼は彼女を守ろうと自分を犠牲にして “あの夜” 罪を犯してしまった…。こうした状況から、タイトルの「サイレンの少年」は、“サイレンに追いかけられた少年” という風にイメージてしまうほど、ただならぬラブソングとなっています。これは、アイドルソングというよりも、松尾和子「再会」や、北原ミレイ「ざんげの値打ちもない」といったやさぐれ系の昭和歌謡の情景が近いかもしれません。
そうした衝撃的な路線変更のためか、オリコンTOP10入りは本作までの13作でストップ、『ザ・ベストテン』へのはがきリクエストの上位入りも前作でピタリと止まりました。
そして、1986年以降は、森雪之丞のキテレツな歌詞のハードロック「春霞恋絵巻」、いったん菊池桃子風シティーポップ路線の「SHADOW SUMMER」や全編海外録音のユーロポップス・アルバム『PASTICHE』をはさみつつ、よりパンチの効いた歌唱での「危ないボディ・ビート」、さらに激しさを増した「密室のハリケーン」「デス・トラップ」と、ハードロック路線を邁進していきます。ただ、当時の制作スタッフのインタビュー記事などを読むと、これは彼女の意見を最優先したもので、本人も音楽を楽しんでいたとのこと。
ロックンローラー路線の陰に西城秀樹あり?
なぜ、そこまでロックンローラー路線を探求していったのか… と考えた時、彼女はもともと “西城秀樹の妹” としてデビューしたことを思い出しました。秀樹といえば、「YOUNG MAN」などの明るいポップスや「ブルースカイ ブルー」のような壮大なバラードも歌えますが、「傷だらけのローラ」や「情熱の嵐」のように、なりふり構わず絶叫しまくるハードロック調のシングルも多く、ライヴでは洋楽カバーをふんだんに取り入れ、さらに激しくスパークしまくっていたのです。
そんな彼が、猛烈に推薦してデビューに導いたのが石川秀美で、デビュー当時から所属レコード会社が同じだったこともあり、本人も制作スタッフも秀樹からインスパイアされることは大いにあったのではないでしょうか。そう、秀樹の歌のタイトルを借りるならば、秀美はだからこそ “セクシーロックンローラー” へと成長していったのです。それゆえ、2018年の “兄” の訃報を知り「秀樹さんが亡くなった事に今も衝撃が大きく、心中を話せる状況ではない」「ずっと落ち込みが酷く、精神的に不安定な状態が続いている」という夫・薬丸裕英のコメントにも肯けます。
たとえセールスが下がろうと自分の音楽性を追求し、1990年の結婚を機に、歌手活動を一切やめてしまったという潔さは、まさにロックな生き方と言えるでしょう。今こそ、セクシーロックンローラーとしての石川秀美の魅力をあらためて堪能してみてはどうでしょうか。
Song Data
■ サイレンの少年~遠くで抱きしめて~ / 石川秀美
■ 作詞:売野雅勇
■ 作曲:芹澤廣明
■ 編曲:萩田光雄
■ リリース日:1985年12月18日
■ オリコン最高位:10位
■ 推定売上枚数:5.6万枚
■ 100位内登場週数:8週
2020.12.26