「切符を見るんじゃない、目を見るんだ!」
「はい!」
「手で押すんじゃない、体で押すんだ!」
「はい!」
「中森明菜は可愛いな!」
「はい?」
1984年、私はとある私鉄のとある駅でアルバイトをしていた。早朝ラッシュ時だけのアルバイトで、改札と「おしっぺ」と言われる電車にムリヤリ人間を押し詰める仕事だった。
当時浪人生だった私は、朝のちょっとした時間で小遣いが稼げて、さらに定期代が無料になるこのアルバイトには大変重宝した。
その時のアルバイトリーダーが冒頭の訓示を垂れていたのだが「切符を見るんじゃない」というのは、通勤・通学ラッシュ時はほとんどの人が定期券なので、切符のキセルより定期券のキセルが多く、やましい事がある人間は目を逸らしたりするので、その怪しそうな人の定期券だけよくチェックするようにとの訓示だった。
「手で押すんじゃない」というのは、女性の乗客などを手で触ると問題になるし、そもそも手で押し入れる力より体全体で押した方が電車に人間を詰め込み易いとの訓示であった。
「中森明菜は~」というのは、単にバイトリーダーがファンなだけであった。
急行通過などで電車の来る間隔が少し空くと、我々は駅務室でお茶を飲んだりするのだが、その時バイトリーダーがウォークマンに小型スピーカーを接続して、よく中森明菜を聞いていた。
発破かけたげる~、さあカタつけてよ~ ♪
電車の駅務室で聞くにはどうかと思われるが、本人は全然気にしていない。
イライラするわ~ ♪
本人気にしていない。
私は半年ぐらいでそのバイトをやめたのだが、その後バイトリーダーはその電鉄会社に就職したと風の噂で聞いた。ある時電車に乗っていると「次は~新大橋、新大橋~」というアナウンスが車中に流れた。
「あれ、この声ってリーダーじゃないかな?」
ちなみに次の駅は「新大橋」ではなく「塚本」であった。その次の駅が「新大橋」である。
「リーダーどうするんだろ?」と思って聞いていたら「次も~新大橋、新大橋~」とアナウンスしていた。
本人全然気にしていないようだった。
2017.10.24
YouTube / Fiona
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