8月2日

初めて観たブルーハーツは夏フェス、そして就職活動の真っ只中

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よみうりランドEASTで「WONDERLAND ROCK FES.」(2日め)が開催された日
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1988年(昭和63年)の8月1日と2日、よみうりランドオープンシアターEASTで、月刊宝島創刊15周年記念『ワンダーランド・ロック・フェス(WONDERLAND ROCK FES. WITH THE BLUE HEARTS)』が開催された。

6月にブルーハーツのアルバムにK.O.され大学4年の僕は早くライヴが観たいと思っていたが、ブルーハーツは2月から始まった “TOUR ’88 PRETTY PINEAPPLE” で地方をツアー中。このイベントが直近のブルーハーツの関東でのライヴであった。

僕は迷わず、というのは嘘だ、多少迷った末、当日券でこのライヴに参加した。というのも僕は就職活動真っ只中だったのだ。

フェスは16時30分開演。後にリリースされたVHSヴィデオによると、SHADY DOLLS、MAD GANG、THE BELL’S、NEW ROTEeKA、THE POGO、THE GROOVERSといった “全国のストリート・ロック・バンド” が演奏した後、トリでブルーハーツが登場した。

確か「こんばんは、ブルーハーツです」というヒロトの挨拶からライヴは始まった。歌詞の通り実直だなというのが第一印象だった。

ブルーハーツは17曲歌った。以下セットリストを挙げてみよう。

1. ブルーハーツのテーマ
2. 世界のまん中
3. 街
4. スクラップ
5. 青空(新曲)
6. チェルノブイリ
7. 無言電話のブルース(新曲)
8. 僕の右手を知りませんか(新曲)
9. 風船爆弾(新曲)
10.英雄にあこがれて
11.僕はここに立っているよ
12.キスしてほしい(トゥー・トゥー・トゥー)
13.人にやさしく
14.ラインを越えて
15.ブルースをけとばせ(新曲)

(アンコール)
16.少年の詩
17.ダンス・ナンバー

もし説教じみていたらどうしよう、ちょっとでも宗教がかっていたら、途中でも席を立って帰るべきだろうか。生まれて初めて観る生のブルーハーツに僕は期待と同時に一抹の不安も抱いていた。が、全ては杞憂だった。同調圧力は全く存在せず、そこには自由しか無かった。

そしてブルーハーツもあくまでも自然体だった。「けんかだけはすんなよ」アンコールのMCでヒロトは岡山弁交じりで呼びかけた。歌詞同様、それまでの日本のロックには感じられなかった “やわらかさ” だった。僕らの世代の日本のロックがやって来たのだ。

しかしセットリストはどうも一筋縄ではいかないらしいこともこの晩分かる。まず、この年の11月にリリースされたサードアルバム『TRAIN-TRAIN』から5曲も取り上げている。当時長いタイトルだった名曲8.は一度聞いただけで好きになってしまったが。前日もタイトル曲「TRAIN-TRAIN」を含む4曲を歌ったそうだ。

そしてファーストアルバムからも前日は2日めの4曲と重ならない5曲が歌われた。お目当てだった「終わらない歌」も前日最後に披露されたのだが、なんと2日共あの「リンダリンダ」が歌われていない。僕は少しがっかりすると共にブルーハーツの “手強さ” を感じた。その予感はこの後結構的中することになる。

個人的なハイライトはやはり「キスしてほしい」と「人にやさしく」の2曲が立て続けに歌われた時であった。ライヴで飛び跳ねたのはこの日が初めてだったかもしれない。

家に帰ると母から、テレビ局の一次面談を通過した電話連絡があったと聞かされた。当時の就活では、原則受験者本人が電話を受けるべきところを、僕は思いっ切りブッチしてしまったのである。

因みにこのテレビ局に僕は今でも籍を置いている。入社後、人事の人にあの時電話に直接出なかったのは君だけだ、と言われてしまった。我ながらなかなかスリリングな生ブルハ初体験だった。

よみうりランドEASTは跡形も無くなり、月刊宝島も2015年で休刊になった。“ストリート・ロック・バンド” で残っているのはNEW ROTEeKAとTHE GROOVERSだけだ。ザ・ブルーハーツも解散して久しい。しかしヒロトとマーシーは今年もツアーに出る。そして僕も足を運ぶのだ。

2017.08.02
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1988年生まれ
K太郎
ろくでなしブルースでブルーハーツの良さを知る(笑)
2020/06/07 11:21
0
返信
1966年生まれ
太田秀樹(ohtachan)
大好きなバンド。ただ、ありったけの記憶をかき集めても僕がブルーハーツに熱狂していた事実は見当たらない。むしろ今、初期衝動を保ちながら活動を続けている彼らを見るにつけ、静かなる熱狂がふつふつと。
2017/08/03 00:26
1
返信
カタリベ
1965年生まれ
宮木宣嗣
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