昨日スマホをいじっていたら、高校時代の友人から、「カオリ先輩をフェイスブックで見つけたよ!」というラインがきた。カオリ先輩、それはひとつ上の憧れの先輩。友人に聞いてフェイスブックを見てみると、あまりにも艶やかな笑顔で、彼女はいた。まったく追い越せる気のしないそのひとは、今も健在だった。
「まったく色気が足りないよ」
カオリ先輩に冷たく言われたのは、高1の時。私はバンドのボーカル。初めてバンドを組んで以来、当時流行りのブルーハーツやラフィンノーズをコピーして、元気に歌っていた。下級生にも他校の男子高生にもファンがいて、自分はけっこううまくやれてると思っていたから茫然とした。
カオリ先輩は、すごく色っぽいボンテージ風のスタイルで、自分のバンドでシーナ&ザ・ロケッツを歌っていた。お金持ちでファッショナブル、かっこよくて、いつもライブを見に行った。
私たちのバンドもマネをして、「スイート・インスピレーション」や「プリティー・リトル・ボーイ」のコピーを始めた。男子高生からは「シーナに声が似ている」とおだてられたし、うまく歌えていると思っていた。それなのに、ライブを見に来たカオリ先輩のそんなひと言で撃沈させられたのだ。
色気色気色気… そんなものがロックに必要なのか?? もし必要だとしたら、どうしたら、出せる??? 悩んでいたのを知ってか知らずか、多分なんの気はなしに、バンドメンバーのノリコがこう言った。「ねえ、スイート・インスピレーションてエロい歌なんだって、知ってた?」
まったくわかっていなかった。エロい歌?? 何が? と歌詞を読んだ。
SWEET INSPIRATION
なにもかも忘れそうなの
SWEET INSPIRATION
なにもかも失くしそうなの
SWEET INSPIRATION
あたし熱っぽくて
SWEET INSPIRATION
じっとしていられない
… ってとこが?? 恋の歌だから?? といろいろ考えたけどよくわからなかった。そういえばカオリ先輩はいつもこの部分を、気が狂ったみたいに髪の毛を振り乱して歌っていた。今思えば、ステージで「熱っぽさ」を発していて、見てはいけないものを見ているような感じだった。
あの時すでにカオリ先輩は「女」だったのだろうか。元気にニコニコ歌っているお子様バンドごっこの私とはわけが違った。ライブの後、車に乗って帰っていく先輩を見た。お父さんかお母さんが迎えに来たわけではないとわかったけど、私は何も言わなかったし、みんなも何も言わなかった。それくらいすでに、「あっち側」にいる女性だった。
その後何年もたってから、「スイート・インスピレーション」の歌詞を改めて考えて、柴山俊之の仕掛けたエロスにやっと気づき、驚愕した。
大理石の庭を「抜けたら」、蜃気楼の丘を「越えたら」、光るハートに「誘われる」、砂丘の果てに「連れて行かれる」、ガラス色の森を「抜けたら」、銀河系の橋を「越えたら」…。すべて「向こう側に行く」こと。そんな時に自分を貫く甘いインスピレーション。
“INSPIRATION” とは、よく「霊感」と訳されるが、言うなれば「気づき」というか自分を超えた何かからの「知らせ」。これはもう、女ならわかる、あの時の、「あの感じ」以外ないではないか。向こう側に行く、自分の外枠を越える、あの感じ。自分がなくなって、何かと溶ける、あの感じ。その先にある、「リズムと夢」。
「色気が足りない」という呪いをかけたカオリ先輩も酷な人だ。
当時の高1の私がわかるはずがなかった、そんな “INSPIRATION”、受けたことなんてあるわけもなかった。カオリ先輩は、もう橋の向こう側にあった「リズムと夢」を知っていたからあんなにホットでかっこよかったのか。
あれから30年以上、フェイスブックの中で艶やかに笑うカオリ先輩がこの歌を歌ったらどうなるんだろうと思った。あの後、どんな「リズムと夢」を知ったのか、いつか聞いてみたいと思った。
もし会ったら、「まだ、まったく色気が足りないよ」って、また不機嫌そうに言うかもしれないけれど。
2017.08.13
YouTube / excello2104
Information