アンバランスの妙、普通の少女なのに銀幕のスター
機関銃を激しく乱射して何とも言えない恍惚の表情で、セーラー服の少女がつぶやく。「カイ…カン」。言うまでもなく、1981年に公開された映画『セーラー服と機関銃』の名シーンだ。当時、学校の教室ではこのシーンを真似する子どもと薬師丸ファンで溢れ返った。
当時のアイドルたちはキラキラオーラに包まれた手の届かない人だったが、スクリーンの中の薬師丸ひろ子は素朴でごくごく普通の少女に見えた。映画主題歌「セーラー服と機関銃」で歌手デビューを果たしたが、その歌声もどこか自分たちが教室で歌うような歌い方に近くて、それがさらに彼女を身近な存在に思わせた。“普通の少女”…なのに、銀幕のスター。当時はそんなアンバランスさが面白い存在に映った。
まさにクリスタルボイス、多くのクリエイターが愛した歌声
「セーラー服と機関銃」「探偵物語」「メイン・テーマ」「Woman “Wの悲劇” より」と、主演映画の主題歌を次々にヒットさせていく薬師丸。それを支えたのは、そうそうたるクリエイターの面々。作詞家には来生えつこ、松本隆ら、作曲は来生たかお、大瀧詠一、井上陽水、松任谷由実(呉田軽穂)、竹内まりや、中島みゆき… と、ざっと書き出してもすごい顔ぶれ。「Woman “Wの悲劇” より」を提供したユーミンは、薬師丸の声をこう評す。
「クリスタルボイス。冒しがたい気品というか、水晶のような硬質な透明感がある」
巷の人たちが、“普通の少女” は、ちっとも普通なんかじゃなくて、「実はめちゃくちゃ歌うまいんじゃないの!?」と気づかされたのは、1988年に中島みゆきの「時代」をカバーした時ではないだろうか。合唱団のようにとつとつと歌っていたはずの “普通の少女” は、「時代」で人々の人生を壮大なスケールで歌いあげた。その伸びやかで温かな歌声は慈愛に満ちていて、歌う姿はまるで聖母マリアのようで感動を覚えた。
薬師丸ひろ子の強い思い「曲は聴く人たちのもの」
澄み渡るような透明感と美しい高音を響かせる薬師丸の歌声を、色に例えるなら純真無垢な “白” が似合う。聴く人がそれぞれの自分色に塗りあげることができる白いキャンバスだ。女優として映画で育った彼女は、常に “観る人のための作品作り” の視点を持ち、音楽でも “自分” という影を消し去り丁寧に歌い上げていく。その歌声に導かれた私たちは、自分の思い出や歩んできた道のりを、なにものにも邪魔されることなく振り返ることができる。溢れ出す温かな涙も、悲しみの涙も、そのすべてを彼女の歌声が引き受け、優しく包み込んでくれる。薬師丸の歌声はまるで浄化する力を持った魔法のようだ。
原曲にこだわり、キーもそのまま、歌い回しも手を加えない。当時のまま忠実に歌うスタイルを貫くのも、「曲は聴く人たちのもの」という薬師丸の強い思いの表れだろう。以前、テレビ番組で音楽について問われ、「私は曲というオートクチュールをさまざまな方たちからいただいている。受け取ったままを伝えていくことが、365日歌手を生業としていない私のやらなきゃならないことだろうと思っています」と語っていた。デビューから変わらない真っすぐな人柄が、歌声にそのまま反映されている。
優しさ、愛、そして悲しみを含んだ日本音楽界の宝物
夢で叫んだように
くちびるは動くけれど
言葉は風になる
好きよ…… でもね……
たぶん…… きっと……
ライブでこの曲を聴いた時、最後の「きっと……」のフレーズに思わず心が震えた。薬師丸が歌うと「……」という余白の部分に意味が生まれるのだ。「きっと……」の先に続く情景がぱっと目の前に広がる。余韻を持たせた無音の部分に意味を持たせることができるアーティストが、一体どれほど存在するだろうか。
その美声は衰えを知らず年々、高音は美しく輝き、人生を重ねてきた分だけ深みが増している。弦楽器やピアノといったクラシックな雰囲気とも相性がぴったりで、コンサートでの神々しさはこの上ない。薬師丸ひろ子の優しさや愛、悲しみを含んだ歌声は、神様がくれた日本の音楽界の宝物だ。
※2020年9月8日、2021年6月9日に掲載された記事をアップデート
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2022.06.09