8月5日

映画「ヘイル・ヘイル・ロックンロール」チャック・ベリーが死ぬもんか!

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チャック・ベリーのドキュメンタリー映画「ヘイル・ヘイル・ロックンロール」が日本で劇場公開された日
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忌野清志郎から学んだ公式、チャック・ベリー=偏屈


「偏屈なオヤジらしいよ」―― 1982年、RCサクセションの忌野清志郎は、ラジオ番組でそう言った。誰のことか? ロックンロールの伝説、チャック・ベリーだ。この年、RCはR&Bの大御所サム・ムーア、そしてベリーを日本に招いての、日本武道館他でのジョイントコンサートを控えていた。その宣伝を兼ねてのラジオ出演だったと思うが、当時高校生だった自分は、とりあえず “チャック・ベリー=偏屈” という公式を学んだ。

もちろん、それ以前からベリーの名は知っていた。「ジョニー・B.グッド」は映画やラジオで頻繁に耳にしていたし、ロックンロール史に大きな足跡を残した人物であることも、音楽雑誌等を読んでぼんやりと理解していた。

しかし、残念ながら現役感を覚える対象ではなかった。『ベストヒットUSA』で紹介されるようなヒットソングに名を連ねることはない。とはいえ、その名を語られる機会は少なくない。映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で主演のマイケル・J・フォックスがダックウォークをしながら、「ジョニー・B.グッド」を演奏したことにより、ベリーの名を知った人も多いのでは?

チャック・ベリーがいなければ、ストーンズは存在しなかった?


大学生となり、ローリング・ストーンズに夢中になった筆者はベリーの影響をそこに見ることになる。「カム・オン」「キャロル」「ユー・キャント・キャッチ・ミー」などなど、ストーンズがカバーしたベリーの曲はたくさんあった。

そもそも、ティーンエイジャーだったミック・ジャガーが幼馴染みのキース・リチャーズと再会したとき、チャック・ベリーのアルバムを持っていて、それが縁で話が弾み、ストーンズの結成に至ったという有名な逸話がある。裏を返せば、ベリーがいなければ、ストーンズも存在しなかったのだ。

一方では、偏屈オヤジという清志郎のひと言も忘れてはいなかった。尊敬されるレジェンドが、ネガティブなワードで語られる不思議。まあ、偉人伝にはつねに、そういう裏の顔がつきものだ。天才発明家エジソンだって、イヤなヤツだったというし。しかし、エジソンはもはや、この世にはいないが、ベリーはご存命だ。生きていて、こんな言われ方をするとは、どんだけの人物なのか?

ドキュメンタリー映画「ヘイル・ヘイル・ロックンロール」


答えは1987年製作のドキュメンタリー映画『チャック・ベリー / ヘイル・ヘイル・ロックンロール』にあった。1988年8月5日、東京、渋谷ジョイシネマでレイトショー公開されたその日、大学3年だった筆者はいそいそと劇場に足を運んだ。

渋谷ジョイシネマは当時のお気に入りの映画館で、音楽映画を上映するには最高の環境だった。それについては『思考か?感覚か?トーキング・ヘッズから教わった都会暮らしの処世術』にも記しているので、こちらもご参照を。

もとい、『ヘイル・ヘイル・ロックンロール』だ。この映画は1986年に米セントルイスで開催された、ベリーの60歳のバースデーを記念したコンサートのドキュメンタリー。キース・リチャーズが音頭を取って行なわれたこのライブは、エリック・クラプトンやエタ・ジェイムズ、リンダ・ロンシュタット、ジュリアン・レノンら現役アーティストが参加したことで、大いに盛り上がりを見せた。

映画では他に、ブルース・スプリングスティーンをはじめとするアーティストがベリーの思い出を語り、それによってベリーの偉大さが浮き彫りになる。

尊敬するベリーに正当な評価を! キース・リチャーズが音頭


キース・リチャーズは、ベリーにきちんとしたライブをやらせたかったから…… とコンサートを企画した理由を語る。ベリーはあらゆる公演で、ギター一本で会場にやってきて、プロモーターが用意した現地のバンドをバックにパフォーマンスを披露した。

自分のバンドを持たないのが彼のスタイルで、それはそれで面白いが、必然的にリハーサルも粗末になる。そのうえ、バックのバンドの質によってパフォーマンスにも影響が出るし、評価も定まらない。ならば、完璧なバンドと完璧な会場でライブをやらせよう―― キースは、尊敬するベリーに正当な評価をあたえたかったのだ。

これだけなら、ちょっとイイ話で終わるところだが、この映画はより深くツッこんでいく。キースが指揮をとるバンドとともに、ベリーがリハーサルを行なう記録映像も収められているのだが、これが最高に面白い。

例を挙げれば、キースがベリーの曲のイントロをギターで弾き始めると、ストップをかけて「そうじゃない」というように首を振り、自分で弾いて見せる。キースがやり直しても、またニヤニヤしながら首を振って弾いてみせる。それが何度も繰り返される。いや、これはイビリ以外の何物でもない。レジェンド相手とはいえ、怒りっぽい天下のストーンズのギタリストが、よくキレなかったもんだ。

自分のやり方を曲げない人、チャック・ベリー


コンサートの場面では、それとともにキースが裏話を語る。いわく、「さんざんリハをやったのに、当日チャックは違うことを提案してくる。何が起こるか、わからない。彼とやるときは覚悟が必要だ」。ライブ中、曲間で何やら話しかけてきたチャックに「ノー」というキースの難しい顔が笑いを誘う。

ともかく、わかったのはベリーが決して、自分のやり方を曲げない人であるということだ。昔から変わらぬロックンロールを演奏し続ける。古いと言われれば、その通りと言うしかない。しかし、それはベリー自身、よくわかっている。ロック史に大きな足跡を残した「ジョニー・B.グッド」でさえ、ベリーに言わせれば、「昔からあった曲を改造しただけ」だ。そして彼はこういう。「この世に新しいものなんて何もない」。

映画で垣間見た、自助しかない人間の類まれな強さ


さて、渋谷ジョイシネマの座席に深く腰を沈めてこの映画を見た筆者は、うまく言えないが猛烈に感動していた。ただでさえ騙し騙される、ロックンロールというエタテインメント業界の草創期、有色人種はそれだけで搾取される。そこで生き抜くために、ベリーは偏屈になるしかなかった。

主導権はつねに俺にある。俺と仕事をしたいなら、俺に従え―― 60年、そんな姿勢で生き抜くことは難しい。しかし、ベリーは、そのリスクもハンデも引き受けて、人生を歩んできた。映画の最後で、たったひとりでスライドギターを弾いている姿に、自助しかない人間の類まれな強さが垣間見え、泣けてしまった。

2021年、ベリーが90歳で亡くなってから4年が経とうとしている。が、今も彼がこの世にいるような気がしてならない。映画の中でもっとも印象的なシーンを最後に挙げておこう。

リハーサル中、映画の撮影を視野に入れていたキースのやり方が、ベリーを怒らせた。「よい音を録りたかっただけだ」というキースに、なおも文句を言うベリー。呆れたキースは「この映画は俺たちが死んでも残るんだぜ」と説得する。しかしベリーは一枚上手だ――

「俺が死ぬもんか」



2021.03.18
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カタリベ
1966年生まれ
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