3月27日

イアン・ハンター「クリーヴランド・ロックス」君はいつラジオの音量をあげたか?

11
0
 
 この日何の日? 
イアン・ハンターのアルバム「バイオレンスの扇動者」が英国でリリースされた日
この時あなたは
0歳
無料登録/ログインすると、この時あなたが何歳だったかを表示させる機能がお使いいただけます

 
 1979年のコラム 
僕の鼻歌レパートリーNo.1は、ポールの珍しいディスコチューン?

渋谷陽一のサウンドストリート、PANTAのレゲエに一発ノックアウト!

どれも名曲、サザンオールスターズが名曲を生み出すキーコード♪ ①

スーパートランプ、アメリカが憧れだった時代のシニカルな朝食

おはよう朝日です、大阪の朝は紙ふうせんの「朝の空」で始まった!?

山崎ハコが歌う情念の怖さ、映画「地獄」心だけ愛して

もっとみる≫


80'sキャンペーン


アラン・フリード、クリーヴランドからロックンロールを広めたラジオDJ


アメリカ中西部。またの名をアメリカの “ハートランド”。水平線までいっぱいになった小麦畑や、自動車工場、製鉄所…… 日本人が “アメリカ” というものをイメージした時に想像するものが中西部の情景なのかもしれない。ちなみに、ほとんどの公共テレビ放送は中西部のイントネーションで話されている。

1952年、中西部オハイオ州の州都、クリーヴランドがアメリカ合衆国をロックンロールの狂騒の渦に叩き込んだ。仕掛け人はラジオDJ アラン・フリード。“ロックンロール” という表現を作り出したといわれる伝説の男だ。『ムーンドッグ・ショウ』と名づけられた番組で、クリーヴランドのラジオ局から発信される電波にのせられたのは、チャック・ベリー、リトル・リチャードといった黒人音楽。ここにおいて白人家庭に黒人音楽が届いたのだ。クリーヴランドは、ロックしていたのだ。

ブレイク前のモット・ザ・フープル、鬼気迫るリトル・リチャードのカバー


時は変わり1971年イギリス。リトル・リチャードの「キープ・ア・ノッキン(Keep A-Knockin’)」を、まるでパンクロックを通り過ぎたかのような音像でカヴァーしていたロックバンドがいた。

モット・ザ・フープル。1972年の中頃、デヴィッド・ボウイからの贈り物であった『全ての若き野郎ども(All the Young Dudes)』でブレイクをする前のモットには、“フロントマンを置く” ということが考えられていなかった。全員がフロントマンであったからで、それが裏目に出てまとまりを欠くという印象もあった。

それもそのはずで、もともとはギターのミック・ラルフスが、プロデューサーに「ボーカリストを入れろ」と言われ、ある1人の男を入れただけ。想像するに、ミックもボーカルをとっていたのだから、その男の肩身は狭かっただろう。

男の名前はイアン・ハンター・パターソン。1939年生まれで、ミュージシャンとしてくすぶっていた彼の書く詩には陰が常にあった。「ロックンロールは敗者のゲーム」とのちに彼は歌うが、ブレイク前のモットによるリトル・リチャードのカヴァーは鬼気迫るものがある。ともかくイアン・ハンターが “叫ぶ” のである。映像は残されていないが凄まじいステージだったのだろう。「このバンドを解散させてはいけない」とデヴィッド・ボウイに思わせるほど、イアン・ハンターはロックしていたのだ。

ソロになったイアン・ハンターの最高傑作「バイオレンスの扇動者」


「解散したモット・ザ・フープルというバンドのシンガー」としてイアンハンターを見て、現在まで続く彼のソロキャリアを無視してしまうのはあまりに勿体無い。1939年生まれであるから、一般的なロックシンガーより、ひと世代上といったところ。

その黎明期からロックンロールの虜になっていた男の引き出しは多い。大きなヒットを生み出すわけではないが、ロックンロールを地で行くライフスタイル、ルックス、スピリットが、ソロになって組んだバンドとの化学反応でプリズムのように色を変えて現れる。

1979年に発表された『バイオレンスの扇動者(You're Never Alone with a Schizophrenic)』は、ブルース・スプリングスティーンのバックバンドであるEストリート・バンドを従えて、盟友ミック・ロンソンのプロデュースのもとで作られた、ファンの間でも最高傑作とされるソロ4作目である。

純粋なロックンロール賛美歌「クリーヴランド・ロックス」


中でも、キャッチーで彼の得意としていた魅力的なブギースタイルの「クリーヴランド・ロックス」は、ソロの代表曲である。この曲は純粋なロックンロール賛美歌である。そこから感じられるのは1952年にアラン・フリードが「ロックンロール!」とラジオで叫んだのと同じロックの精神性のようなものが共有されている、という魅力だ。

ロックンロールがアメリカで成熟して大西洋を渡りイギリスに “スキッフル” 音楽として輸入された頃からロックンロールをやっている男、イアン・ハンターが歌うのだから説得力は抜群だ。では、なぜ彼がロックンロールし続けていたか、その答えのようなものが単純に提示されている思いだ。初めてロックンロールをラジオから聴いた時の感覚… ガッと胸を持っていかれるあの感じ… を褒め称える讃歌としてハンターは「クリーヴランド・ロックス」を歌う。

50年代のスピリットを、80年代を迎えようとした1979年に振り返ったのは、パンクロックの出現が影響したのかもしれない。クラッシュのミック・ジョーンズをはじめとして、モット・ザ・フープルとイアン・ハンターに敬意を評したパンクスは多かった。確かにクリーヴランドはロックしていた。モット・ザ・フープルもロックしていた。そしてイアン・ハンターは80歳を迎えてなお、現在進行形でロックしているのだ。



2020.11.03
11
  Apple Music
 

Information
あなた
Re:mindボタンをクリックするとあなたのボイス(コメント)がサイト内でシェアされマイ年表に保存されます。
カタリベ
1991年生まれ
 白石・しゅーげ
コラムリスト≫
23
1
9
8
0
どこまでもロックンロール!ジョン・レノンは “愛と平和” だけじゃない
カタリベ / 本田 隆
31
1
9
8
8
自由への疾走、デヴィッド・ボウイのロックンロールで夜を駆け抜けて!
カタリベ / 本田 隆
51
1
9
9
1
ブランキー・ジェット・シティのロックンロール ー 時代が変わる瞬間の真実
カタリベ / 本田 隆
16
1
9
8
7
アメリカン・ロックンロールの良心の証明 ― ジョージア・サテライツ登場!
カタリベ / KARL南澤
56
1
9
8
2
EPICソニー名曲列伝:土屋昌巳のロックンロール性と「すみれ September Love」の先進性
カタリベ / スージー鈴木
33
1
9
8
0
音楽が聴こえてきた街:北九州発の無骨なロックンロール、花田裕之が続ける旅路
カタリベ / 本田 隆
Re:minder - リマインダー