4月2日

不朽の名作「ドラえもん」その主人公は、ドラえもんか、のび太か?

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藤子・F・不二雄もブレ? 主人公は誰?


藤子・F・不二雄先生の不朽の名作『ドラえもん』には、1969年の連載開始以来、半世紀以上に渡って読者を悩ます重要な命題がある。それは――

『ドラえもん』の主人公は、ドラえもんか、のび太か?

あるアンケートによると、連載初期のころは、7割の読者が「のび太」を主人公と回答したという。ところが―― 現在、同じアンケートをとると、逆に7割が「ドラえもん」を主人公と答えるらしい。

公式ではどうなっているのか。

作者の藤子・F・不二雄先生は、1989年に行われた講演で、明確に「ドラえもんが主人公、のび太が副主人公」と述べている。とはいえ、連載初期のキャラクター紹介図では「のび太」が主人公となっていたりして、実は先生自身も初期設定とその後の見解でブレが見られる。

野比のび太、2022年で58歳


思うに―― これは、僕の推測だけど、当初は小学館の『小学〇年生』で連載していたこともあり、読者である小学生が感情移入しやすいよう、同じ小学生の「のび太」を主人公にしたと思う。それが、1979年の “アニメ奇跡の年” にテレビ朝日でアニメ化されると、より幅広い年代の人たちが『ドラえもん』を見るようになり、誰もが感情移入できるよう、愛すべき「ドラえもん」が主人公になったのではないか。

更に言えば、キャラクター商品の上でも、「ドラえもん」を主人公にするよう、大人の力学が働いたのではないか。ぶっちゃけ、キャラクター商品としては「のび太」より「ドラえもん」のほうが圧倒的に売れる。お客を呼べる=スターの証しと見れば、ドラえもんを主人公にするよう、大人の力学が働くのは当然だろうし、そうなると先生も抵抗できない。アニメにとってのキャラクター収入は、大事なスポンサーである。

でも―― 僕は、それらの大人の事情を踏まえた上で敢えて言いたい。――『ドラえもん』の主人公は、やっぱり「のび太」である。奇しくも、今日8月7日は、そんな野比のび太クンの誕生日。原作では、生まれ年は1964年となっており、それに従うと、今年で58歳になる。いいおじさんだ。というか年上だ。のび太サンと言わないといけない(笑)。

驚異の6誌同時掲載、そして異なるストーリー


そんな次第で、今回のリマインダーは『ドラえもん』の話である。但し、のび太が主人公であったと推察される、1969年の連載開始から、1979年のアニメ化直前までの、いわば「アーリードラえもん」の時代が、今回のテーマである。

漫画『ドラえもん』の連載開始は、1969年12月。小学館が発行する月刊誌の『よいこ』『幼稚園』『小学一年生』『小学二年生』『小学三年生』『小学四年生』への6誌同時掲載(1970年1月号)だった。とはいえ、ドラえもんがセワシくんと共にのび太の部屋へやって来る設定が同じだけで、ストーリーはバラバラ。それぞれ対象年齢(『よいこ』は幼稚園に上がる前の3~4歳)向けに描かれており、月刊誌といえども、大変な分量だったに違いない。

ちなみに、上記6誌の第一話は、2019年に小学館から発行された、てんとう虫コミックス『ドラえもん』第0巻に全て掲載されているので、興味のある方はぜひ。面白いのは、のび太の年齢も読者が感情移入しやすいよう、掲載誌に合わせてあるんですね。『小学一年生』に載ったのび太も小学一年生。初期設定で、のび太を主人公としたのは、そういう背景からも分かる。

連載5年目で迎えた最終回。そして条件付きの連載再開


今では信じられないが、連載初期の『ドラえもん』はさほど人気がなかった。なんと、連載開始から丸4年間、単行本が一巻も出なかったのだ。そして連載自体も、5年目を迎えた1974年3月号で最終回を迎える。あの有名な「さようなら、ドラえもん」である。

しかし―― 翌月、F先生が思い直して「帰ってきたドラえもん」を描いて、連載再開。そして同年8月、ようやく単行本の第1巻が出る。ただ、この時、小学館サイドはあまり売上を期待しておらず、「6巻まで」の条件付きだった。4年半も連載して、おまけにこの頃には『小学五年生』と『小学六年生』でも描いており、原作のストックはもっとあるのに―― それは、単行本は “傑作選” になることを意味した。

この単行本が、思わぬ反響を呼ぶ。

ここからは、僕のリアルな記憶とも重なるが、小学1年生当時、出たばかりの単行本で『ドラえもん』に初めて触れ、めちゃくちゃ面白かったのを覚えている。単行本に収録される話は『小学四年生』以上の原作が多かったらしいが、当時、小学1年生の僕らも普通に内容を理解したし、クラスでも回し読みされ、みんな『ドラえもん』の大ファンになった。ブームの兆しが見え始めたのは、この辺りからである。

全6巻(当時)の単行本は、1974年8月から翌75年1月まで一ヶ月おきに出され、僕らはわずか半年で『ドラえもん』を網羅した。しかも傑作選である。面白くないワケがない。生涯、F先生は全1345話の『ドラえもん』のエピソードを残すが、全45巻の単行本に収められたのは821話と、6割強。結局、F先生は生涯、単行本に入れるエピソードを選び続けたことになる。大先生なのに、なんという謙虚――。

黒歴史? アニメ化に反対だった藤子・F・不二雄


そうして、じわじわとブームの兆しが見え始めた『ドラえもん』―― となると、アニメ化の話が聞こえてきそうだが、当時のF先生は、ずっとアニメ化に反対だったそう。理由は、単行本化される前年の1973年、既に日本テレビ系で半年間に渡りアニメ化され、これにF先生が失望した“黒歴史”があったからである。

そう、『ドラえもん』の第一期アニメ―― 僕は、保育園の年長組のときに見てるんだけど、何かあか抜けないイメージで、ほとんどエピソードの記憶がない。のび太のドジや失敗が話の主軸である原作と違い、なぜかドラえもんがトラブルメーカーで、まるで面白くないドタバタのギャグ漫画を見せられているようだった。オープニングはなぜか演歌で、「ガチャ子」とかいう騒々しいアヒル型ロボットのキャラクターも不快だった。

実は、藤子不二雄アニメと言えば、僕らの世代には1971年から72年にかけて、同じく日本テレビ系で放映された『新オバケのQ太郎』の印象が強かった。こちらは舞台劇仕立てのオープニング(作曲・山本直純)が有名だが、東京ムービーの制作で、演出は子会社のAプロダクションの巨匠・長浜忠夫サンだった。『新オバQ』は原作もギャグの切れ味が抜群だが、アニメ版はそれが踏襲され、長浜演出もあってクオリティの高い作品に仕上がっていた。それに比べると、日本テレビ動画が制作を手掛けた『ドラえもん』のアニメ(第一期)は見るに堪えないシロモノだった。

「帰ってきたドラえもん」から本格化したブーム




さて、原作版に話を戻す。当初6巻のみと言われた単行本(コミック)の売れ行きが好調で、1975年5月には第7巻が発売された。冒頭に、あの「帰ってきたドラえもん」のエピソードを収めた歴史的コミックである。この辺りから、原作版の『ドラえもん』ブームがいよいよ本格化する。

70年代後半は、それまで子供たちをターゲットに「テレビまんが」と呼ばれたものが、大人の鑑賞にも耐え得る「アニメ」になる過渡期である。原作人気が日を追って過熱化する『ドラえもん』に、お茶の間がテレビアニメ化を期待するのは歴史の必然だった。

手を挙げたのは、前述の『新オバケのQ太郎』のアニメ版を担当した東京ムービーの制作子会社のAプロダクションが名称変更して独立した「シンエイ動画」だった。時に1977秋―― 同社の楠部大吉郎社長(アニメ界のレジェンドの一人である)の実弟の楠部三吉郎氏がF先生に『ドラえもん』のアニメ化の許諾を願い出ると、しばらく沈黙した後、F先生はこう返したという。

「いったいどうやって『ドラえもん』を見せるのか、教えてもらえませんか。原稿用紙3、4枚でいいから、あなたの気持ちを書いてきてください」

そこで、三吉郎氏はAプロダクション時代から懇意にしている高畑勲サンに相談した。当時、高畑サンは『ドラえもん』の原作本を読んだことがなかったが、旧友からのたっての願いに、「とにかく原作を一度読んでから」と返答する。数日後、高畑サンが書いてきたのが、以下の覚書である。なかなかの名文なので、そのまま掲載させてもらう。

高畑勲が考察した「ドラえもん」


ドラエモンは何者か、どこから来たか、のび太とどういう関係なのか、をはじめからわからせるために、特別な第1話を指定することはしない。
ドラエモンの出現とのび太のおどろきをみせない方が良いということを積極的に主張する根拠はないが、ドラエモンとのび太の友情の発展していく過程とか、パパやママのそれを受け入れていく過程などを描くことが予定されていない以上、第1話それ自体としての問題でしかなく、要は如何に面白い話を第1日目に提出するかという点で考えたい。
「ドラエモン」の魅力はドラエモンという不可思議な存在が、その存在のリアリティを子供に植えつけることで増加するわけでなく、ドラエモンがポケットから出すものによって、平凡な日常生活が急に活気を帯び、楽しく夢のあるものになったり、なりかけて駄目になったり、イタズラ心や子供っぽい復讐心に刺激を与えられて、笑いを解き放たれるところに、その魅力があるのだから、短刀直入(※ママ)に個々のエピソードを展開しはじめたほうが良いだろう。
同じような意味で、のび太、パパ、ママ、しずか、スネ夫、ジャイアンなども、最も一般的なタイプを代表していて、ドラエモンの道具によって異変が持ちこまれるべき「日常生活の世界」を最もシンプルな形で構成しているのだから、この藤子不二雄的人物達とその関係は子供達に一目瞭然であり、余計な説明も肉づけも不要である。
以上の点から、このシリーズの場合、シリーズの構成といったものは不要であり、いかにバラエティを考えるかだけが重要である。
―― 高畑勲「ドラエモン“覚書”」(1977年)より


いやはや、素晴らしい。もはや、細かな誤字脱字などどうでもよく思えてしまうほど、その言説は理路整然としている。さすが東大仏文。これを、インテリの文章と言います。

高畑サンが卓越しているのは、アニメ化にあたり、『ドラえもん』の面白さの軸とは何かを、恐らく初めて明文化したこと。それは、のび太の成長物語でも、ドラえもんというキャラクターの奇抜さでもなく、ドラえもんがポケットから取り出す未来の道具によって、平凡な日常が面白おかしく変化する個々のエピソードこそが、最も面白いと――。

それゆえ、ドラえもんとのび太を取り巻く登場人物たちも、極めてステレオタイプであるとしている。そこに余計な説明はいらない、と。高畑サンの考察だと、もはやドラえもんとのび太ですら、物語を補完するディテールに過ぎない。2人が出会う第1話を省略したのは即ち―― のび太の成長物語に、もはや作品としての深い意味はないと見抜いたからである(笑)。

永遠に繰り返される少年時代のエピソードこそが魅力


これは凄い。確かに、原作の6巻最後のエピソード「さようなら、ドラえもん」を除けば、同作品にのび太が成長した軌跡は見られない。つまり―― F先生が第7巻を描き始めた時点で、既に高畑サンは『ドラえもん』に最終回は不要であり、永遠に繰り返される少年時代のエピソード(=ネバー・エンディング・ストーリー)こそが、同作品の魅力と悟ったのである。

これが、真のプロデューサーの仕事だ。実際、アニメ化にあたり、高畑サンは脚本づくりを禁じ、原作漫画から直接、絵コンテを起こすことを提案したという。それにより、アニメーターの余計な思想が作品に紛れ込むことを防ぎ、純粋にF先生の原作の面白さをストレートにアニメに反映できたのである。

さて―― 先に戻って、F先生は、そんな高畑サンが書いた覚書を一読し、シンエイ動画の楠部三吉郎氏に、こう返答したという。

「わかりました。あなたにあずけます」

―― 後の国民的アニメ『ドラえもん』がテレビ朝日で始まるのは、この1年半後の1979年4月2日である。

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2022.08.07
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カタリベ
1967年生まれ
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