2018年に公開された中国映画「男たちの挽歌 REBORN」
暗黒街に生きるタフな男たち。裏切りと友情、兄弟愛、家族への想い、義侠心。その強い感情(バレット)が銃に込められる。両手に握られた2挺の拳銃が火を噴き、僕たちの心は一瞬で鷲掴みにされた。
今年はコロナウイルスによる自粛生活中に随分と映画をネットで観た。新作と言うよりは大抵が観たくて見逃してしまった作品ばかりだが、自室でくさくさと閉じ籠っていたから自ずとパッと発散できるアクション映画を選んでしまう。
その中の1本が『男たちの挽歌 REBORN』だった。この作品は2018年に公開された中国映画――
裏社会に生きる兄と反目してしまう警察官の弟。そして兄の義兄弟の若者。組織が密輸業からドラッグの製造密売へとシノギを移そうと画策したことから、3人の男たちは組織と対立し命を狙われる破目になる。
オリジナルはジョン・ウー監督による「男たちの挽歌」
オリジナルは『ブロークン・アロー』『フェイス / オフ』『ミッション:インポッシブル2』などハリウッドでの活躍でも知られるジョン・ウー監督の出世作『男たちの挽歌(英雄本色 / A Better Tomorrow)』だ。VHSの時代から今までに何度となくビデオ再生を繰り返し観続けてきた僕にとって人生最高のアクション映画。2挺拳銃を流行させた “香港ノワール” の第1号と言えば、通りがいいだろう。
今回観た『REBORN』はその中国版リメイク。過去には南北分断という韓国社会を背景にしたコリアン版もあり、幾度か映画化されている。ちなみに韓国版の主題歌はCHEMISTRY(ケミストリー)の「a better tomorrow」だったから、若い世代の覚えもいいのではないだろうか?
チョウ・ユンファ、レスリー・チャンが出演した1986年のオリジナル版からすでに30年以上の歳月を経ているが、『男たちの挽歌』が発した “香港ノワール” というジャンルはその後も暴力世界で生きる男たちの葛藤をスクリーンに叩きつけ、今尚映画ファンのハートを掴んだままだ。
そこで今回は80年代を席巻した “香港ノワール” の原点、ジョン・ウー監督のオリジナル版の音楽について書いていこうと思う。
音楽はジョセフ・クー、メインテーマで気分はチョウ・ユンファ
映画のオープニングシーン。スクリーンには組織の偽札工場でその出来を確かめる主人公ホー(ティ・ロン)と、いたずらに燃やした偽札で煙草に火をつける相棒のマーク(チョウ・ユンファ)が登場。そのバックに流れているのが『男たちの挽歌』のメインテーマだ。
音楽は『ドラゴン怒りの鉄拳』『死亡遊戯』のジョセフ・クー。ブルース・リー映画にも匹敵する高揚感を与えてくれるクールな旋律、映画としては最高の出だしだ。この曲を聴いただけで気分はチョウ・ユンファ、観客は完全に映画の中のヒーローになってしまう。映画館を出た後はユンファが演じたマークになり切ってつい爪楊枝を咥えてしまうことだろう。
哀愁を帯びたロマン・タムの調べ「幾許風雨」
主人公であるホーは、黒社会の幹部として偽札の取引を幾度となく成功させ組織から大きな信頼を得ている。しかし、弟のキット(レスリー・チャン)にはそのことを秘密にしている。当のキットは兄の稼業のことなどつゆ知らず警官になると言い出す。父親に諭され、ホーは次の台湾での仕事を最後に組織から足を洗おうと決意。出発前に義兄弟のマークと、弟分のシンと一杯やりながら今後のことを話すが、そこでマークが12年前の最初の取引のことを話し始める。そこにすっと入り込んでくるのがロマン・タムの「幾許風雨」という曲だ。
「銃で脅迫されたことは? ないだろ? クラブで現地のボスとの接待でな。そこで相手の機嫌を損ねた…」
義兄弟の絆が語られる重要な場面。マークのチンピラ時代の最低な思い出話に音楽がシンクロしていく。
「たちまち銃を2挺突き付けられ、一気飲みを強制された。怖さで小便をちびったよ。兄貴が俺に代わって飲んでくれた。お次は銃が4挺さ。で、何を飲まされたと思う?… 小便さ」
それ以来、マークは2度と屈辱を受けまいと誓ったと言い、哀愁を帯びたロマン・タムの調べもここでフェードアウトする。音楽が主人公たちの生き様を語る痺れるシーンだ。
チェン・シャオユンが歌う「免失志」と 台湾の楽曲「明天會更好」
こうして台湾に渡ったホーとシンだが取引相手に裏切られ、壮絶な銃撃戦に巻き込まれてしまう。ホーは弟分のシンを庇い被弾。満身創痍でシンを逃がすと警察に自首するのだった。
後日、マークは台湾にホーの仇をとりに行く。敵が宴会をしている “楓林閣” にひとりで乗り込む場面。壮絶な殺し合いが始まる前に流れる妙に明るい歌謡曲が、その後の展開をヒートアップさせる撒き餌となる。それがチェン・シャオユンが歌う「免失志」だ。ホステスとイチャつくふりをしながら、廊下にある観葉植物の鉢に銃を隠していくマーク。この曲が奏でる台湾の異国風情と共に大銃撃戦への伏線が張られていく。
台湾の楽曲では「明天會更好」も印象的に使われている。これは台湾版の「ウィ・アー・ザ・ワールド」と言われる曲で、映画の中で子供たちが合唱するシーンがある。原曲は1985年に台湾芸能界を代表する歌手を集めて作られたそうだ。内容は「今日がどんなに苦しくてもきっと明日は良い日になるだろう」という応援歌。ちなみに映画の英題「A BETTER TOMORROW」はこの曲の題名に由来している。
香港トップアイドル、レスリー・チャンの「當年情」
最後にやはり映画にも出演しているレスリー・チャンについて書いておくべきだろう。香港のアカデミー賞とも称される香港電影金像奨(2003年)では『インファナル・アフェア』が作品賞、監督賞、主演男優賞といった主要七冠に輝き、“香港ノワール” はひとつの頂上に到達した。その数日前に自殺したレスリー・チャンのために授賞式で『男たちの挽歌』の主題歌「當年情」が熱唱されている。
レスリー・チャンは1983年に「風継続吹」(山口百恵「さよならの向う側」のカバー)、1985年には吉川晃司「モニカ」を歌って人気を博したトップアイドル。そして翌86年に公開された『男たちの挽歌』では裏社会に生きる兄と対立する警察官の弟役を得て、大スターへの階段を駆け昇っていった。
輕輕笑聲 在為我送溫暖
你為我注入快樂強電
輕輕説聲 漫長路快要走過
終於走到明媚晴天
軽く笑った君の声が
僕を温かくする
君は僕を喜びで満たす
まるで電撃のように
低く囁く
僕たちが歩いてきた長い道は
もう終わりだ
僕たちはついに明るい日の下を歩く
レスリーの歌う「當年情」には不思議な情感があった。映画の続編で主題歌「奔向未來日子」を歌った時もそうだった。言葉はわからなくとも “心の深いところに響く” と言えばわかるだろうか。エンディングに流れる繊細な彼の歌声には説得力があった。後に彼がゲイであることを知ったが、そうした苦悩や想いが秘められていたのかもしれない。
ともかく、この映画は単なるアクション押しの映画ではなかった。音楽と映像のシンクロ率が高く、よく計算されている。華流映画音楽界の巨匠ジョセフ・クーのセンスにはひれ伏すしかない。
実はピーター・ガブリエル「バーディの飛行」も…
ところで、映画の本編中にピーター・ガブリエルの「バーディの飛行(Birdy's Flight)」が流用され挿し込まれている。この曲はそもそもカンヌ国際映画祭の最高賞パルム・ドールにもノミネートされたアメリカ映画『バーディ』(1984年)のサウンドトラックである。どういう経緯で『男たちの挽歌』で使われたのかはわからない。ただ、銃撃戦の合間に見事な使われ方をしていて恐ろしく映画にマッチしている。
「バーディの飛行」を聴くと僕は今でも手のひらに汗をかく。そう、両の手に拳銃を握りしめる感覚。気分はチョウ・ユンファなのだ。
2020.10.07