8月11日

これは困ったことになったぞ!横浜アリーナで観たチャック・ベリーのライブ

29
1
 
 この日何の日? 
チャック・ベリーが『Kirin Beer's New Gigs '89』で演奏した日
この時あなたは
0歳
無料登録/ログインすると、この時あなたが何歳だったかを表示させる機能がお使いいただけます
▶ アーティスト一覧

 
 1989年のコラム 
田中美奈子「涙の太陽」でデビュー!ギラギラ燃えるバブルの象徴

映画「魔女の宅急便」主題歌、ユーミン「ルージュの伝言」と「やさしさに包まれたなら」

1989年の夏、ジェフ・ベックは真の天才だと確信した夜

ソ連の歴史を塗り変えた!モスクワ・ミュージック・ピース・フェスティバル

北野武の初監督作品「その男、凶暴につき」で流れるエリック・サティ

人生にやり直しなんてない!ラモーンズが歌う「ペット・セメタリー」の教え

もっとみる≫




1989年8月11日、僕は横浜アリーナでチャック・ベリーのライヴを観ている。それは『Kirin Beer's New Gigs '89』というイベントで、出演者はジェフ・ベック・グループ、スティーヴ・ルカサー・バンド、バッド・イングリッシュ、そしてチャック・ベリーだった。

この中でメインアクトがジェフ・ベックなのは誰の目にも明らかだったが、チャック・ベリーは自分がメインだと言い張り、トリを務めている(チラシにはスペシャルゲストと書かれていた)。「まぁ、一番偉大だしな」と僕は理解したが、多くの観客はそう思わなかったようだ。

ジェフ・ベックのライヴは凄まじかった。傑作アルバム『ギター・ショップ(Jeff Beck's Guitar Shop)』のリリース直後で、ドラムにテリー・ボジオ、キーボードにトニー・ハイマスという最強の布陣による演奏は、僕の想像を遥かに超える素晴らしいものだった。

最後の曲が終わりジェフ・ベックがステージを去ると、イベントはすっかり終わったような雰囲気になった。多くの客が顔を高揚させ、口々にジェフ・ベックのライヴの感想を満足げに語り合っていた。そのまま出口に向かう人達も少なからずいた。

そんな状況の中で、チャック・ベリーは登場した。「あ、チャック・ベリーだ。これからやるのかな?」という声が、どこからか聞こえてきたのを覚えている。でも、僕は初めて目にするロックレジェンドに静かに感動していた。

「本物だ…」

ライヴは「ロール・オーバー・ベートーヴェン」からスタートした。いきなりの名曲に心が踊り、僕は思わず「イェー!」と声を上げた。しかし、一緒だった友人は盛大にずっこけると、「なんだよ、これ」と言って苦笑いした。

偉大なチャック・ベリーに対して失礼極まりない態度だが、客観的に見れば友人の反応は至極当然なものだった。というのも、音がとにかく薄っぺらいのだ。ペケペケとしたギターは情けなく、冗談だとしても笑えない。さっき観たばかりのジェフ・ベックとの差は歴然で、比較対象になりようもなかった。

「これは困ったことになったぞ」と思い始めたとき、ドラムとベースが日本人であることに気づいた。チャック・ベリーはいつもバンドを現地調達するという話は耳にしていたので、僕は「そういうことか!」とすぐに納得した。そして、この音の薄っぺらさを、ひとまず彼らのせいにすることにした。

そう、これはチャックのせいじゃない。

チャックが得意のダックウォークを決めると、僕はまた感動し「イェー!」と声が上げた。会場のところどころからも同じような歓声が聞こえてきて、それがなんだか心強かった。

2曲目は「レット・イット・ロック」。3曲目は忘れたが、4曲目の「ジョニー・B.グッド」を最後に、ライヴはわずか15分ほどで終了。チャックは挨拶もせずに去って行った。

会場にはなんとも言えない微妙な空気が漂っていたが、それでも僕は満足だった。友人も「まぁ、観れただけでもよかったかな」と言った。そして、何事もなかったかのように、ジェフ・ベックのライヴの感想を語らいながら帰途についた。

客観的に振り返ると、横浜アリーナクラスの会場で、あのときのチャック・ベリーほどしょうもない演奏は聴いたことがない。もはや事件と呼んでいいほどのレベルである。どうしてあんなことができるのか神経を疑ってしまう。でも、主観的に言わせてもらうなら、あれこそがチャック・ベリーなのだ。

いい加減で、適当で、自分勝手なんだけど、愛嬌があってどこか憎めない。そんなロックンロールの本質的な魅力が、あのステージにはしっかりと存在していた。そう、主観的に言えばだが。

そんなチャック・ベリーが2017年3月18日に亡くなってから、今日で1年がたった。僕がチャックのライヴを観たのは、あの1回だけだ。もう少しまともな演奏を聴きたかった気もするけど、それは客観的な意味での話。今も想い出しては微笑ましく感じるのは主観的な話。

客観と主観は必ずしも一致しないし、それでいいのだろう。あのとき友人が言ったように、「観れただけでもよかった」のだ。

チャック・ベリーの魂に祝福あれ。

2018.03.18
29
  YouTube / 1989Melbourne
 

Information
あなた
Re:mindボタンをクリックするとあなたのボイス(コメント)がサイト内でシェアされマイ年表に保存されます。
カタリベ
1970年生まれ
宮井章裕
コラムリスト≫
36
1
9
8
6
忘れられない夜、ジョン・クーガー・メレンキャンプたった1度の来日公演
カタリベ / 宮井 章裕
32
1
9
8
2
80年代は洋楽黄金時代【カバー曲 TOP10 番外編】やっぱり音楽は記録より記憶?
カタリベ / 中川 肇
61
1
9
8
0
【追悼:ジェフ・ベック】時代の先端で尖り続けた孤高の天才ギタリスト
カタリベ / 中塚 一晶
37
1
9
8
1
ブライアン・セッツァーはロカビリーの天才だ。そこに疑いの余地はない
カタリベ / 宮井 章裕
85
1
9
8
0
ジョン・レノンの死、ハッピー・クリスマスが街の喧噪にかき消される前に
カタリベ / 本田 隆
31
1
9
8
2
眩しすぎた西海岸の夏、ゴーゴーズのバケーションはヴェイケイション!?
カタリベ / 太田 秀樹