デビュー50周年、生き方自体が「ブレてない」矢沢永吉
「さんざん言ってますけど、とにかくオレはもう楽しむぞ、客よりオレが先に楽しむんだ、みたいなね。もうそれに尽きるわけなんですけども」
「ひとつ言えるのは、働かされてたことは一度もなかったよね。『これをやらなきゃ食ってけないから』ってのも含めて、自分のためですよ。それが今じゃ、より一層、クリアに自分のためになっている。新国立(競技場)もね、自分のためですから」
このふたつの発言、どちらも矢沢永吉の言葉である。ただし、発言の時期が違う。前者は、1989年、テレビ朝日の音楽番組『HITS』に出演した際のコメント。当時矢沢は40歳になる直前で、全国ツアーへの意気込みを語った。
一方、後者は今年(2022年)4月、『LINE NEWS』の50周年記念インタビューでのコメント。このとき矢沢は72歳(9月に誕生日を迎え、現在は73歳)。インタビュアーの武田砂鉄氏が、有観客では初となる8月の新国立競技場でのライヴを前に「小6の新聞配達から、働き始めて60年。新国立でのライブ、つながっていますか」と質問。それに対する矢沢の答えがこれである。
このふたつの発言、33年の時を隔てているが、言っていることは本質的に同じだ。矢沢がライヴをするのは、別にファンのためではない。「自分がやっていて楽しいから」であり、これが「天職」と思っているからだ。矢沢はキャロル時代も、ソロデビューしたときも、ブレイクしてからも、一貫して同じことを言っている。みごとに「ブレてない」のだ。
巷の矢沢ファンに、「永ちゃんのどこに惹かれるんですか?」と訊くと、必ず返って来る言葉がこの「ブレてない」。もし矢沢が、「もうトシ食ってきたし、ツアーの本数も減らして、動き回るのも控え目にして、ま、バラード多めでほどほどに……」みたいな、高齢ミュージシャンにありがちな方針にシフトしていたら、おそらくファンは離れていったことだろう。
現実の、今73歳になった矢沢はまったく逆だ。楽曲の質、ステージの質、いずれもクォリティを落とすことなく、どんどん新しいことにチャレンジしている姿は、まったく「ブレてない」。音楽的な姿勢というよりも、生き方自体が「ブレてない」のだ。だから矢沢はファンに愛され、崇拝者が生まれるのだろう。
彼らは、矢沢の生き様のカッコ良さを、後輩や自分の子どもに伝えていく。その結果、若い世代のファンが生まれ、彼らがまた後の世代に伝え…… という循環が生まれる。でなければ、50年もライヴを続けることは不可能だ。
同世代だけを相手にしていたら、たとえ本人が元気でも、やがてファンが体力的について来られなくなる。何十年も会場を満員にしていくには、新陳代謝は不可欠だ。世代が離れたファンを魅了するには、当然自身のアップデートも必要になってくる。矢沢はそれを、自然な形でずっとやってきた。これもファン層拡大のためというより「自分のため」に。
新国立競技場でのライヴを終えた後、全国ホール&アリーナツアーを発表
「俺がコレに本気で取り組んだら、すごいことが起こるんじゃない?」
…… 海外レコーディングしかり、デジタル技術の導入しかり、大箱の会場での様々な演出など、「面白そうじゃん」と思ったら、矢沢はそれを本気でやってみる。もちろん、すべてがうまくいくわけではないが、失敗をバネに前へ進み、進化を重ねていく。これ、誰にでもできることではない。
そういう愚直な姿を見て、ファンは思う。「永ちゃんがまだバリバリやってんだから、自分も頑張らないと」。ゆえに毎年、そのバリバリやってる姿を拝みにライヴへ “巡礼” する。だから、いつも会場は満員になる。
「矢沢はこういう生き方で、こういう音楽をやっていく。矢沢の歌を聴きたい人、ステージを観たい人はライヴに来て、生き様を観てってョ」
…… 矢沢が半世紀、ブレずに貫いている姿勢はこの一点であり、ファンはそこにシビれるのだ。客に一切媚びていないのにファンが減らないのはそういうことだと思う。
でも、冷静に考えてみてほしい。73歳といえば、あと2年で「後期高齢者」である。あなたの身近にいる同い年の人って、けっこうヨボヨボしてませんか? その高齢アーティストが、新国立競技場でのライヴを終えた後、今度は全国ホール&アリーナツアーを発表。しかも11月11日から12月20日までの40日間で、北海道から福岡までほとんど間を開けずに全国各地を廻り、全17公演をこなすというハードな日程だ。おまけにツアーファイナルは、日本武道館4Days。もうバケモノである。だが矢沢は、よくこう言っている。
「ロックにゴールはない。声が出るまでやり続ける。だって、ストーンズが前走ってるもん」
…… 80歳手前でワールドツアーに出ているミックとキースもどうかしているが、単独で全国ツアーをこなしている矢沢も相当どうかしている。
根っからの音楽オタク? 矢沢自身がリミックスした「YOUR SONGS」シリーズ
で、このパワーはいったいどこから来ているのか、あらためて考えてみた。実は筆者、仕事で矢沢に一度だけ逢ったことがある。あれは2006年、ベスト盤『YOUR SONGS1〜3』がリリースされた直後だった。当時構成を担当していたラジオ番組に、PRも兼ねて矢沢がインタビュー収録の形で出演してくれることになり、作家として矢沢の仕事場に随行したのである。
矢沢はすごく気さくに、出たばかりのベスト盤の話をしてくれた。この『YOUR SONGS』シリーズ(最終的に『6』までリリース)は、近年矢沢が発表した楽曲を厳選。「もう一度“歌“を聴いてほしい」という強い希望から、既発表曲をリミックスしたものである。収録された楽曲は、余計な音や楽器を取り除き、ボーカルを前面に立てた仕上がりになっていた。
話を聞いていて、私がまず驚いたのは、矢沢が「1曲1曲、自分でフェーダーを上げ下げしてミックスをやり直した」と語ったことだ。「もう楽しくて楽しくて、つい時間を忘れた」そうで、まるで大瀧詠一ではないか。
驚いたのはそれだけではない。リミックスがひと通り終了すると、矢沢はそれをいったんCDに焼き、カーステレオで曲を聴きながらドライブをしたと言う。
「クルマで聴く人の気持ちになって、曲を聴いてみるのョ。そうするとね、部屋でじっと聴くのと違って、『あ、ここはもっとボーカルの音量上げたほうがいいな』とか、『ギター立ちすぎてるな』とか、いろいろ見えてくるわけ。で、もう一回スタジオに戻って、またミックスのやり直しですョ(笑)」
矢沢はこの作業を、納得が行くまで延々と繰り返したという。この話、「ユーザー視点に立った、永ちゃんらしい心配り」とも取れるし、「ビジネス考えてるなあ」とも言える。だが、私は嬉々としてその話をする矢沢の姿を見てこう感じた。「ああ、この人って、根っからの“音楽オタク”なんだな」そう、矢沢は音楽に関わること自体が、好きで好きでたまらないのだ。そしてそれが、驚異的なパワーの源泉になっているのだと思う。
日々音楽的に進化している矢沢、だから楽曲が古びない
そのことを確信したのが、2019年、矢沢がゲスト出演したテレビ朝日系の音楽バラエティ『関ジャム 完全燃SHOW』を観たときである。この番組はご存じのように、楽曲に関する深掘り系の質問を、ホスト役である関ジャニ∞のメンバーが興味の赴くまま、直球でミュージシャンに質問していく番組だ。
番組ではまず、矢沢と一緒に楽曲制作をしたプロデューサーや作詞家、矢沢を敬愛するミュージシャンがVTRで登場。矢沢の楽曲に見られる特徴を指摘していき、それを関ジャニ∞が「どうなんですか?」と矢沢にぶつけていく、という構成だった。
中でも興味深かったのは、「YES MY LOVE」と「いつの日か」は、Aメロの出だしから2つめのコードが「aug」(オーギュメントコード)になっていて、それが独特の都会的哀愁を醸し出している、という指摘だ。
この点について、矢沢の答えは「augやsus4、7thコードが好きでよく使うけど、それは自然と身についていったもの」だった。体感で「これイイじゃん」と思ったものはすぐ採り入れ、自分の中にしっかり落とし込んでから、積極的に使っていく。見えないところで不断の努力を惜しまず、矢沢は音楽的にも日々進化していっているのだ。だから楽曲が古びない。
番組ではほかにも、テンションコードを意図的に入れている話や、音のスキ間を「調和」で埋めてくれるキーボードを多用している話、「でもギスギスした音を出したいときは、ギターだけの世界に戻りたい」というコメントなど、「やっぱ矢沢って、筋金入りの音楽オタクじゃん!」という発言だらけだった。
「売れる曲を書きたければ、矢沢の曲を研究しろ」と言う人もいるほどで、実際、参考にしている後輩アーティストたちも多いと聞く。そういった音楽面での評価があまりなされていないのは残念だ。
通算150回。武道館には矢沢の音楽愛が詰まっている
矢沢が武道館をこよなく愛するのも、東京ドームとは違って、じっくりと音楽を聴いてもらえる限度ギリギリのキャパ(約1万人)だからだろう。もちろん、スタジアム公演には独特の「お祭り感」があって、そのノリも矢沢は大切にしている。だが、50周年記念ツアーの締めを東京ドームではなく、わざわざ武道館4Daysにしたのは「音楽を聴いてほしい」という思いがあるからだ。
1977年、日本のロックアーティストとして初の単独公演を行ってから45年、通算150回。武道館には、矢沢の音楽愛が詰まっている。
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2022.12.20