お金がなくても何でも買える、駅前にあった “赤いカード” の丸井
80年代はいわゆる “ファストファッション” なるものがなかった時代だ。もちろんインターネットなどないから通販するのも中々大変だった。では、当時の若者たちは何処に洋服などを買いに行っていたのか?
それは、いわゆるデパート(百貨店)、PARCOやラフォーレなどのファッションビル、それ以外は古着屋やマニアックな個人経営の店… だったと思う。そして、駅の前の “赤いカード” で知られた丸井。
丸井で特筆すべきは、申し込んだ当日すぐに使える、赤いカードなる丸井だけで使えるカードを発行して分割払いで物が買えたことだ。ちなみに日本で初めて “クレジットカード” という名称を使用したのは丸井が最初。さらには1981年、このカードでお金が借りられる “キャッシング” 機能も始まっている。
手元にお金がなくても、ブランド品も高級時計も買える。分割払いで返せば良い。私の母は丸井のことを “月賦屋” と呼び、「何故お金を払わず買えるの? 借金じゃない! イヤだわ!」… と言っていた。
店員泣かせの過酷なノルマ、加入者獲得とエアコン成約!
さて、この丸井は首都圏を中心に展開していて、ファッションから宝飾、家具、家電、大抵の物が揃った商業施設だ。DCブランドブームの折には開店前から行列ができるのが当たり前の光景。セールともなれば前日からの徹夜組が出た。
若年層には大人気のファッションとインテリアが揃う丸井だったが、実はかなりのテナント泣かせだった。理由は沢山あるが、一番は各ブランド及び店員に “赤いカードの加入者獲得とエアコン成約のノルマ” が課せられていたからだ。
私も例外に漏れず加入者獲得に勤しむわけだが、そのうち気付くと “赤いカード加入者獲得1位店員” になってしまい、各地の丸井の自社テナントから「助けて下さい! あと5枚取らないと!」といったヘルプ要請が来るようになってしまった。カードの獲得が悪い販売員は最悪の場合、異動させられてしまうほどの過酷なノルマだったのだ。
そんな訳で、しばらく月末は各地の丸井に、赤いカードとエアコン成約のためにヘルプに入る日々だった。
えっ、ジャン=ポール・ゴルチエとBOØWYがタイアップ?
ある日、巨大アパレルグループで働いている仲良しのブランドリーダーが、私のようにヘルプに入っていた。彼女と一緒に昼休憩に向かうと、その隣にはフランス人形のような美人が。挨拶をすると、丸井の新オープン店スタッフとして研修中だということが判明。私がその容姿を褒めると「とんでもございません」と謙遜して恥ずかしがるタイプだった。
そうはいっても、巨大企業の厳しい社員教育に加えて丸井独特のノルマ… この2つの熾烈な環境が重なれば相当な心労のはずなのに、それでも笑顔でいられる彼女は、美しいだけじゃなく相当芯の強い子なんだな、と強く印象に残った。
また別のある日、その当時、丸井にヘルプに行くたびに私自身が赤いカードで買ってしまうブランド、ジャン=ポール・ゴルチエの仲良くなった店長が、こう教えてくれた。
「BOØWYって日本のバンド知ってます? 今度タイアップするんです」
これを聞いた私の脳内では、BOØWY=群馬=レディースの先輩…… の図式が蘇り、椅子から転げ落ちそうになった。さらに聞くと「メンバー自らオンワード樫山(ゴルチエのライセンス会社)に出向いてプレゼンしてタイアップが決定した」とのことだった。
1985年のBOØWY、デザイナーズブランドのスーツでロック!
それからしばらくして、彼等のサードアルバム『BOØWY』が発売された。あれは確か、深夜番組の『オールナイトフジ』にきらびやかなゴルチエを着て彼等が出演したのを観たときのことだ。
新宿LOFTで観たときの彼ら
(目撃!伝説が生まれる瞬間、新宿ロフトの暴威(BOØWY)初ライブ 参照)と違い、きちんとトップトレンドのスーツに身を包み、ヘアメイクを付けて演奏していたではないか。
当時、バンドがスタイリストとヘアメイクを付けたビジュアル戦略を展開することは珍しかった。Tシャツに破れたデニムや、革ジャンにブラックデニム… などがバンドの定番ファッションだった時代だ。それだけに、デザイナーズブランドに身を包み演奏する彼等は斬新で、テレビに目が釘付けになった。
今思うと、デザイナーズブランドスーツでロックする先駆者として、後のバンドマンたちに与えたBOØWYの影響は大きいと思う。丸井でも、ゴルチエ以外のブランドも売れまくり、BOØWYは大ブレイクしていった。
なんで? 丸井のスキーツアーにBOØWYが参加?
その数年後、やはりヘルプに入った丸井で人事部長が私に話しかけてきた。丸井の福利厚生の一環にスキーツアーなるものがあり、取り引き先も有料で参加出来るのだが、その年は抽選になるほどの人気で保養所以外に宿を確保したとのことだった。その大人気の理由を聞くと…
「○○ブランドの○○さんが夫婦で参加するんだよ」
以前一緒にランチした “フランス人形ちゃん” のことだ。
「あー、ご結婚されたんですね」
「そうなんだよ。旦那がロック歌手のBOØWYだから、みんな一緒にスキーしたいみたいだよ」
人事部長の話を聞いて、レディースの先輩
(内海美幸「酔っぱらっちゃった」レディースの先輩と氷室狂介のカンケイ? 参照)、昔観た新宿LOFTでのライブ、そして「とんでもございません」とはにかむフランス人形ちゃんの笑顔、それらがぐるぐると頭の中を回りはじめた。
ああ、スキーツアーの満員御礼を嬉しそうに話す、キャンディーズしか興味のない部長までもが目の前でBOØWYの名を口にするなんて…。彼らの “メジャー感” を改めて確信した。
2020.11.23