あの “レディースの先輩” がスナックを開店、店名は「夜鷹」
1983年の正月、地元の知り合いに初詣でバッタリ会った。その彼と、よもやま話をしていたら、どうやらあの “レディースの先輩” が小さなスナックを開店したらしい。聞けば、車でないと行けない場所だが「おまえ、一応開店祝い代わりに顔出した方がいいぞ」とかなり強引に行く流れになった。
非常に憂鬱なミッションだが、花束とお祝い金を包み私的には地味なリクルートスーツのような出で立ちで先輩の店に彼の車で向かうことに――。夕方なのに民家の灯りもない、雑木林と畑しかない街道沿いにいきなり赤いシルビアが停めてある小さな店が現れた。店名は「夜鷹」。もう帰りたい…。
私は車内で既に後悔していた。しかし、ここで帰ったらさらに後悔する羽目になるはず。高校の時の締め上げ同様、“話せば分かる先輩” と信じて友人と一緒にドアを開けた。
ああっ!帰りたいっ! 誰か来たら絶対帰ろうっ!
「ご無沙汰しております!」深々とおじぎをして小さな店内に入るとカウンターの中に先輩がいた。眉毛の無いカーリーヘアーと額全開は当時のまま。くわえ煙草で「お、おう。久しぶりじゃねぇか」と眼光鋭くこちらを見て花束とのし袋を受け取ってくれた。
店内はカウンターのみ6席くらいか。後ろの棚には、こけしや木彫りの熊の置物、暴走族のシールなどが貼ってあるサントリー・オールドのキープボトルが並ぶ。カウンターには大きな王将の駒の木のオブジェ。キッチンの仕切りには紫の般若ののれん。緊張のあまりトイレを借りたら玉すだれの奥に『暴走族写真集』の白黒パネルが飾ってある。
ああっ! 帰りたいっ!
私達が口開けの客だから、誰か来たら絶対帰ろうと決めてカウンターに座り水割りを頼む。枝豆とレース編みのコースターに水割りが出てきた。
伝説のブラックエンペラー、本間優二 と “テラニシ” こと氷室狂介?
友人が先輩と内輪話に花を咲かせている中、私は緊張感いっぱいで、ただただ相槌を打っていた。友人はやたらと憧れの “本間優二” の話を先輩に振る。伝説の、新宿区出身ブラックエンペラー新宿支部長から3代目名誉総長になり、俳優になったあの本間優二だ。先輩は当然知り合いらしく、本間優二はこの店にも来たらしい。私はこの夜初めて本間優二について2人から聞いた。その中で先輩は、ひとりごとのように呟いた。
「あの時の新宿に “テラニシ” もよく走りに来てたしね。束ねていたのは優二総長だから」
水割りのせいか否か私の胸の動悸が止まらない。
よく走りに来てたテラニシ…
束ねていた優二総長…
テラニシ、寺西…… 氷室狂介のことだ!?
そうだ! この核心に突っ込みたくて私はここに来たはず。しかし下手に聞いたらやぶ蛇になりそうで迷っていたら先輩が、「カラオケあるよ」と私にマイクを差し出した。
「あんた、ロックだかパンクだか、歌、好きだろ?」
「好きですが、お聞かせするのは申し訳ないので先輩からどうぞ!」
酔っぱらっちゃった… カラオケは会話以上にココロを映す道具
狭い店内の天井からTVが吊ってあり、商売繁盛の熊手の隣に “1曲100円 3曲200円” と書いた紙が貼ってある。私は200円出して先輩にマイクを渡した。先輩は「あんた達しかいないから、今練習中の曲」と言って、「酔っぱらっちゃった」を歌い出した。曲はおろか内海美幸という歌手も知らなかったが、画面の歌詞と先輩のこぶし回しを凝視し、歌い終わりにはたくさん拍手した。
「先輩!歌上手いですね!いい曲ですね!」
「そうかい? まだ歌い切れてないけど、心は入ってる。あんたも覚えて帰るといいよ」
結局、客が来ないまま夜は更けて、私は「酔っぱらっちゃった」を10回くらい歌った。当時、カラオケはこんな感じでスナックで歌うのが当たり前だったし、タバコのように “間” を持たせたりする道具だった。最後には先輩とデュエットしたが、酒のせいか先輩の目が潤んでいるようにも見えた。カラオケは時に会話以上に心境を映す道具でもあったのだ。
そしてこれは私の妄想だが、この曲こそ “先輩に聞きたかったこと” の答えだったような気がしてならない――。
酔っぱらっちゃった 振りしているわ
もうボロボロよ 心は空っぽよ
あなたひとこと 言わせてよ
罪つくり 罪つくり
その年 1983年5月、本間優二は『戦場のメリークリスマス』でヤジマ一等兵を演じ、9月には氷室狂介の BOØWY がセカンドアルバム『INSTANT LOVE』をリリースする。
編集部註:本文にありました「レディースの先輩」については、
■ 目撃!伝説が生まれる瞬間、新宿ロフトの暴威(BOØWY)初ライブ
■ ストリート・スライダーズと映画「夜をぶっ飛ばせ」そしてロック喫茶の蘭丸
…にも詳しく紹介されています。「レディースの先輩 三部作」として併せてお楽しみください。
2020.06.29