EPICソニー名曲列伝 vol.6
渡辺徹『約束』
作詞:大津あきら
作曲:鈴木キサブロー
編曲:大村雅朗
コーラス編曲:川村栄二
発売:1982年8月25日
80年代 EPICソニーの凄みは、この曲のような、世に「一発屋のタイアップヒット」ぐらいに軽視されている楽曲であっても、そこに新しく深く面白い音楽性が潜んでいることだ。
まず経緯だけ説明すると、当時の渡辺徹は新進の俳優。81年からは日本テレビ『太陽にほえろ!』の新人刑事「ラガー」役に大抜擢され、人気を得たところ。
並行して、82年からは歌手としての活動もスタート。4月に発売された、堀内孝雄作曲のデビューシングル『彼<ライバル>』は2.3万枚の売上に留まるも、セカンドシングルのこの『約束』が54.4万枚の大ヒットとなり、歌手としてもいきなりスターダムにのし上がる。
ヒットの要因は、他の EPICソニー系ヒット曲と同じく、CMタイアップの力が大きい。何といっても、あのグリコ・アーモンドチョコレートのCMで、渡辺徹本人も出演、加えて、相手役がデビュー間もない小泉今日子なのだから(ちなみにサードシングル『愛の中へ』も同じくグリコ・アーモンドチョコレートのタイアップ曲で21万枚を叩き出しているので「一発屋」はやや失礼である)。
『約束』についての一般的な説明は以上のような感じになるのだが、今改めてこの曲を聴いて強く感じるのは、この曲のシティポップ性である。「一発屋のタイアップヒット」という触れ込みにはそぐわない、小洒落(こじゃれ)た音楽性が気になるのだ。
そう感じたのは、この曲のイントロと、約2か月後に発売される稲垣潤一『ドラマティック・レイン』のアレンジが似ているのに気付いたことがキッカケだった。イントロを階名で書くと、
渡辺徹『約束』:
♪ッミ・レッ・ミッ・レミ・ッミ・レッ・ミッ・レッ
稲垣潤一『ドラマティック・レイン』:
♪ッミ・レッ・レッ・ドレ・ッミ・ミー
と、同じくマイナー(短調)キーで階名ミとレの音を中心とした音使いがそっくりである(ぜひ聴いてみてほしい)。また4分音符を強調したリズムもよく似ている。
先に細かい話を片付けると、この「マイナー(短調)キーで階名ミとレの音を中心としたイントロ」で思い出されるのは、前年11月発売、薬師丸ひろ子の大ヒット『セーラー服と機関銃』である。階名で書くと、
薬師丸ひろ子『セーラー服と機関銃』:
♪ミ・レッ・ドレ・ッミ・ー
と、これもミとレを中心にできていて、渡辺徹『約束』、稲垣潤一『ドラマティック・レイン』と同種のイントロとグルーピングできよう。
イントロの話を超えた、曲全体に関する聴感上の共通性の視点から、この3曲にもう1曲追加したい曲がある。その曲とは―― 村下孝蔵『初恋』。
発売は翌83年の2月。というわけで、81年11月から、たった1年と数ヶ月の間に発売されたこれら4曲に共通する音楽性とは、「マイナー(短調)キーでありながら、メジャーセブンスやsus4(サス・フォー)、分数コードなどを多用して、小洒落た音楽性を実現していること」。
それをもう少しストレートに言えば、「シティポップ歌謡」とでもいうべき音楽性。
81年の大滝詠一『A LONG VACATION』と寺尾聰『Reflections』、82年の山下達郎『FOR YOU』という3枚のアルバムで、日本の音楽シーンにシティポップの号砲が放たれたとして。
これらの作品の先鋭性と、従来のニューミュージックや歌謡曲の流れが合わさったところに、『セーラー服と機関銃』『約束』『ドラマティック・レイン』『初恋』という「シティポップ歌謡」があると私は見ている。
驚くべきは、これらの「シティポップ歌謡」の作者に、まるで統一性が無いことである。
歌手名『曲名』:作詞/作曲/編曲
薬師丸ひろ子『セーラー服と機関銃』:来生えつこ/来生たかお/星勝
渡辺徹『約束』:大津あきら/鈴木キサブロー/大村雅朗・川村栄二
稲垣潤一『ドラマティック・レイン』:秋元康/筒美京平/船山基紀
村下孝蔵『初恋』:村下孝蔵/村下孝蔵/水谷公生・町支寛二
まるで統一性が無いということは、「シティポップ歌謡」の誕生が、ある仕掛け人の策謀から生まれたものではない、言わば歴史的必然だったということだろう。
「シティポップ歌謡」を聴いて思い出すのは、82年の若者たちの見てくれである。ハマトラ、ニュートラ、プレッピー。華やかで明るい色のファッションを堂々と着こなし、ヘアスタイルは、丁寧にブローされたパーマネント(ジャケットの渡辺徹参照)――。
日本の歴史上、若者がいちばん小ぎれいだった時代ではないだろうか。翌83年あたりからは、ポストモダンが襲来して、髪を刈り上げてツンツンさせて、全身黒で固めた「カラス族」などが出てくるので、なおさら82年の小ぎれいな若者たちが愛おしくなる。
そういう若者たちが、原宿あたりを歩くときのBGMとして、「シティポップ歌謡」はふさわしいと思う。小ぎれいな若者には小洒落た音楽がよく似合うんだ。
【編集部よりお知らせ】
来たる6月1日、LOFT9 Shibuya で、リマインダーがお届けする灼熱のイントロクイズ大会『80年代イントロ十番勝負 vol.4 - 夏のINTROフェスティバル!』が開催されます。イントロクイズだけでなく、船山基紀さんとスージー鈴木さん初顔合わせのトークショーはじめ、スージーさんの連載「EPICソニー名曲列伝」を爆音でお届けするコーナーなど、様々な企画が盛り沢山ですので、みなさん奮ってご参加ください!
2019.05.31