中森明菜、歌唱力を存分に引き出す「スローモーション」でデビュー
中森明菜がデビューしたときは「ずいぶん歌の上手い人が出てきたなぁ…」という印象を持った。来生えつ子・たかお姉弟によるデビュー曲「スローモーション」は恋の予感に揺れる女の子の初々しさを感じさせながらも明菜の歌唱力を存分に引き出す作品だったと思う。デビュー直後、ラジオ番組『決定!全日本歌謡選抜』にゲストで登場したときも、明菜の話し方がとてもかわいらしくて好感を持った。
このまま「スローモーション」のような路線で行くのかなと思っていたところに、セカンドシングル「少女A」が出たときは驚いた。もちろんこの曲がブレイクのきっかけになり、作戦としては大成功だったのだろうが、「ツッパリ」「ヤンキー」といったキーワードとともに紹介されることが多くなり、個人的には苦手なジャンルだったので、少しだけガッカリしたのを覚えている(後に好きな作品にはなるのだが)。
その後、「セカンド・ラブ」のリリースからは1982年デビュー組の中で独走体制に入るわけだが、「1/2の神話」「十戒」などの曲から、世間的には「勝ち気な女の子」というイメージがどうしても強く残っていたのではないだろうか。
しかし、井上陽水の独特な世界を歌った「飾りじゃないのよ涙は」では、「私は泣いたことがない」と言いながらも実は「きっと泣いたりするんじゃないかと感じてる」という繊細な少女の心を表現していて、「歌手としてステップアップしたなぁ…」と感じた。
大人の歌手として大きく舵を切った作品「ミ・アモーレ」
そして、その次にリリースされた「ミ・アモーレ(Meu amor é…)」こそが、明菜が大人の歌手として大きく舵を取った作品ではないかと私は思うのである。
まず、日本におけるラテンミュージックの巨匠である松岡直也が作・編曲ということに驚いた。演奏メンバーはほぼ松岡直也グループによるもので、製作側の本気を感じた。ドラマティックなストリングスのイントロから始まり、ブラスとパーカッションが奏でるラテンの世界。リオのカーニバルの賑やかな風景が浮かぶ。私はテレビでしか見たことがないのだが (笑)。スケールの大きなサウンドに乗せて明菜が歌うのは情熱的な愛。
抱いて 抱かれるから カーニバル
キスは命の火よ アモーレ
もとめ もとめられて カーニバル
この手につかまえて アモーレ
迷い 迷わされて カーニバル
しっかり抱いていて 私を
今までの明菜にはない、直接的に愛を訴える歌詞だ。これまでの曲と違う、明らかに大人の、燃えさかる愛。
曲のラスト「♪ アモーレ~!アモーレ~!アモーレ~!」の三連発で繰り広げられる強烈なビブラート。後に歌番組でこの曲が披露されるたびにビブラートがだんだんと強くなっていき、より激しい情熱を感じたものだ。
しかし驚くべきは、この作品がリリースされたとき、明菜は19歳。その年齢であの情熱的な世界を作り出すとは… 明菜、恐ろしい子!
これまでの作品ももちろん素晴らしい曲が揃っているのだが、年を重ねても歌い続けていくことができる名曲をようやく手にしたのではないか、と私は思った。
FNS歌謡祭でグランプリ、日本レコード大賞で大賞を受賞
この曲を『夜のヒットスタジオ』で初めて披露したとき、緊張のあまり明菜の手が震えていたのを当時私はテレビで観ていた。そのくらい明菜のこの曲に対する思い入れは強かったのだろうと思う。と同時に、果たしてこの曲は受け入れられるのだろうかという不安がもしかしたらあったのかもしれないと想像する。
この年、明菜は『FNS歌謡祭』でグランプリを受賞するのだが、グランプリの発表で自分の名前が呼ばれた瞬間「信じられない!」といった表情で、しばらく何度も「うそ! え? うそ!」と叫んでいる(声は聞こえなかったが口はそう動いていた)。
この年は『メガロポリス歌謡祭』(テレビ東京)、『日本テレビ音楽祭』(日本テレビ)、『あなたが選ぶ全日本歌謡音楽祭』(テレビ朝日)、『日本歌謡大賞』(放送音楽プロデューサー連盟)と、それまでの音楽祭のグランプリや大賞は全て近藤真彦が受賞していた。それだけに明菜自身、自分が受賞するとは全く思っていなかったのだろう。お兄さんと甥っ子が見届ける中、涙をこらえながら歌う姿は感動的だった(途中、甥っ子に頭を撫でられてこらえきれず泣いてしまっていたが)。
そして大晦日の『日本レコード大賞』(TBS)でもレコード大賞を受賞。この時もステージにお母さんが現れた瞬間泣き崩れていたが、すぐに持ち直し、歌い上げる姿は感動的だったし、歌手としてのプライドを感じた。
今、50代の明菜が歌う「ミ・アモーレ」が聴きたい
その後の明菜の活躍はみなさんご存じのとおりだろう。2017年のディナーショー以降姿を見せなくなってしまったが、今、50代の明菜が歌う「ミ・アモーレ」を聴いてみたい。きっとあの頃にも増して情熱的に歌い上げてくれるに違いない。
ちなみにB面の「ロンリー・ジャーニー」はEPO作詞・作曲で、テーマは “恋人達の逃避行”。こちらも大人になった明菜の魅力が詰まった曲なのでぜひ聴いてみて欲しい。
そういえば明菜は歌だけではなく、『ヤンヤン歌うスタジオ』などの歌謡バラエティ番組に出演していたときにふと見せていたかわいさも魅力のひとつだったりする。番組企画のゲームで負けたときに拗ねたり、急に子どもみたいな声になったりするところが歌っているときとのギャップがたまらなかったなぁ。
あとは歌番組で他の歌手が歌っているときに、後ろで一緒に口ずさんでる姿も印象的だったなぁ…。このコラムを書いていたら明菜に会いたくなった。どうか我々の前にまた元気な姿を見せて欲しいと思う。
2021.03.08