岩崎宏美が師と仰ぐ筒美京平の37曲「筒美京平シングルズ&フェイバリッツ」
歌謡界最大のヒットメーカー・筒美京平の訃報が届いたのは2020年10月のこと。それから1年が経過するが、偉大な作曲家を称える声はあとを絶たない。テレビやラジオ、雑誌では何度となく筒美の特集が組まれ、2021年8月には近田春夫が『筒美京平 大ヒットメーカーの秘密』(文春新書)を上梓。音盤としては、レコード会社4社共同(コロムビア、ソニー、ビクター、ユニバーサル)のコンピレーション・アルバムが4月と10月にそれぞれ発売されるなど、没後もその人気は衰える気配がない。
そんな中、ポップスファン垂涎の作品集が登場した。10月20日にリリースされた岩崎宏美の編集盤『筒美京平シングルズ&フェイバリッツ』である。実際、9月に商品概要が発表されるとネット上には「こういう企画を待っていた!」という投稿が相次ぎ、期待値の高さを窺わせた。それだけ「岩崎宏美が歌った筒美作品は名曲揃い」という認識が定着している証であろう。
岩崎が師と仰ぐ筒美京平はデビュー曲「二重唱(デュエット)」(1975年)以来、74曲を岩崎に提供。筒美が生涯こだわったとされるヒット狙いのシングルA面では女性歌手最多の18曲を書き下ろしている。いかに名匠から愛されていたかが分かる数字だが、1周忌の節目に岩崎自身が恩師への感謝を込めて監修・選曲を手がけた『筒美京平シングルズ&フェイバリッツ』にはその中から厳選された37曲が2枚のCDに収録されている。以下、その内容を紹介したい。
シングルA面曲をコンプリートしたDisc1
まずDisc1は筒美が手がけたシングルA面曲をコンプリート。デビュー曲の「二重唱(デュエット)」から、最後の提供曲となった「許さない」(1999年)まで、全18曲をリリース順に収録している。歌い手の魅力を最大限引き出すことに長けた筒美のこと、どの楽曲も岩崎の類まれな美声と抜群のリズム感を堪能できる仕上がりだが、その曲想から大きく3期に分けることができる。
第1期はもう1人の恩師・阿久悠が作詞を手がけた初期9曲。当時、洋楽シーンを席巻していたディスコサウンドを歌謡曲に導入した作品群で、チャート1位を獲得した「ロマンス」と「センチメンタル」(いずれも1975年)、デビュー2年目で連続トップ5入りを果たした「ファンタジー」「未来」「霧のめぐり逢い」「ドリーム」(いずれも1976年)、スタイリスティックス風のトランペットが印象的な「想い出の樹の下で」(1977年)、ディスコ路線の決定版といえる「シンデレラ・ハネムーン」(1978年)が該当する。
第2期は1作ごとに作詞家と曲調を変えていった中期6曲。エレガントなマイナーポップ「さよならの挽歌」(1978年 / 作詞:阿木燿子)、アコースティックな「春おぼろ」(1979年 / 作詞:山上路夫)、AOR歌謡ともいうべき「スローな愛がいいわ」(1980年 / 作詞:三浦徳子)と「女優」(1980年 / 作詞:なかにし礼)、R&Bの要素を採り入れた「素敵な気持ち」(1983年 / 作詞:康珍化)、フレンチポップス風の「真珠のピリオド」(1983年 / 作詞:松本隆)といった具合である。20代を迎えた岩崎がトップアイドルから次のステージを模索し始めたこの時期、筒美はメインコンポーザーとして重要な役割を果たしていた。
第3期は10周年記念曲の「未完の肖像」(1984年)、『火曜サスペンス劇場』(日本テレビ系)のエンディングテーマに起用された「夜のてのひら」(1986年)、デビュー25年目に制作されたビクター時代最後のシングル「許さない」の3曲。この時期の岩崎はアダルトなポップスシンガーへと成長していたが、筒美はこれまで同様、歌い手の声の魅力を存分に引き出しつつも、実力派の岩崎にしか歌えない難曲を提供している。Disc1を通して聴けば、16歳の少女歌手が円熟したボーカリストに進化していく過程を体感することができるに違いない。
難航した選曲、カップリング曲やアルバム曲からセレクトしたDisc2
一方、Disc2にはシングルのカップリング曲やアルバム曲から岩崎がセレクトした19曲を収録。どの作品にも思い入れがあるため、選曲は難航を極めたようだが、各年代の楽曲がバランスよく配されている。
傑作揃いと評判のカップリング曲からはコンサートの定番曲としてお馴染みの「月見草」(1975年 / 「二重唱(デュエット)」B面)、「私たち」(1975年 / 「ロマンス」B面)、「パピヨン」(1976年 / 「ファンタジー」B面)のほか、ファンの間で人気の高い「わたしの1095日」(1977年 / 「想い出の樹の下で」B面)と「南南西の風の中で」(1978年 / 「シンデレラ・ハネムーン」B面)の5曲を収録。初期アルバムからは「涙のペア・ルック」(1975年 / ファーストアルバム『あおぞら』)、「キャンパス・ガール」(1976年 / セカンドアルバム『ファンタジー』)、香坂みゆきがカバーした「愛よ、おやすみ」(1976年 / セカンドアルバム『ファンタジー』)、「愛の飛行船」(1976年 / サードアルバム『飛行船』)がセレクトされている。
さらに筒美が全曲を手がけた2枚のアルバム『パンドラの小箱』(1978年)と『WISH』(1980年)からは各4曲を収録。前者は “京平ディスコ” の頂点を極めたアルバムで、2020年にマルチチャンネル仕様のSACDがリリースされるなど、今も人気を集める名盤だが、今回は「媚薬」「ピラミッド」「カンバセーション」「L」が収録された。ちなみに演奏陣としてクレジットされている “Dr.ドラゴン&サウンド・オブ・アラブ” は筒美をDr.ドラゴンとするプロジェクト名で、林立夫(ドラム)、松原正樹(ギター)、後藤次利(ベース)、佐藤準、坂本龍一、渋井博(キーボード)、斎藤ノヴ(パーカッション)という、超一流のメンバーが参加している。
初回限定盤付属のスペシャルDVD、付属ブックレットにも注目!
一方、後者は岩崎にとって初の海外(ロサンゼルス)録音盤。現地のミュージシャンを起用して、ウエストコースト系のAORサウンドで統一されており、近年のシティポップブームで再び評価を高めている。今回は「五線紙のカウボーイ」「Sympathy」「Street Dancer」「Wishes」がセレクトされたが、特に「Wishes」は筒美のピアノと岩崎の歌だけで同時録音された想い出の1曲。Disc2の締めくくりに配されたことからも岩崎にとって特別な楽曲であることが分かる。今回の作品集のジャケットにはその『WISH』の歌詞カードに掲載されたレコーディング写真のアナザーカットが使用されている。
Disc2には、ほかにも2019年の筒美京平トリビュートアルバムでセルフリメイクした「恋人たち」(1979年 / カバーアルバム『恋人たち』)と「生きがい」(1983年 / 13thアルバム『私・的・空・間』)を収録。付属のブックレットには、初期担当プロデューサーやディレクターの証言を交えた解説文のほか、Disc2の19曲に関する岩崎のセルフライナーも掲載されており、選曲理由や各楽曲に関する思い出などが綴られている。
なお、初回限定盤付属のスペシャルDVDには1983年のリサイタルで披露された筒美京平メドレー(「センチメンタル」~「未来」~「ファンタジー」~「私たち」)の貴重映像を収録(音声のみ最新リマスタリング)。嬉しいことに筒美との想い出を語る岩崎の最新インタビュー映像も収められている。
そしてもう1つ。本企画のリリースに併せて、残念ながら今回のCD(Disc2)に収録されなかった楽曲がプレイリスト「筒美京平フェイバリッツⅡ」として配信されることも決定した。こちらも岩崎自身の選曲によるものなので、要注目だ。
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2021.10.20