渡辺徹のファンだった私は、小泉今日子に異常なほどのライバル心を燃やしていた。
1982年、グリコ『アーモンドチョコレート』の CM で共演した二人だが、山口百恵&三浦友和など、実生活でも恋人の噂があったタレントを起用していたことでも有名な製品だった。
CM では「兄と妹」的な設定ではあったけど、「アタシそんなの信じない!」と、怒りの矛先を小泉今日子に向けていた(それはただのお仕事では…)。
さかのぼって1981年、『太陽にほえろ!』に出演するようになった渡辺徹はほっそりしていて(有名な話ですね)、私は実のところ、それほど興味がなかった。それがいつの間にかファンになっていたのは、おそらく彼が脂肪を身につけたからだと思う。
あの CM も少し太り始めた頃で(だけどまだまだ細い)、もともとのさわやかさに愛嬌とやわらかな雰囲気がプラスされた彼は、シングル「約束」も大ヒットし、あっという間にアイドル的人気を博すことになる。
ファンになった理由がもうひとつ。それは、「(アンタは太ってるから)渡辺徹に似てる」と複数の人から言われたから。
生まれたときから現在まで痩せていたことが一度もない私は、自分を好きになれるような、仲間が増えたような、そんな気がしてうれしかったのかもしれない。
というわけで、デブ仲間として渡辺徹のファン稼業を始めた私だったが、ある日のこと、わが町から100キロ離れた政令指定都市で彼がコンサートを行なうという情報を得た。
親にチケットを取ってもらい、中2の私は一人で行くのが怖かったので、母と妹を従えてコンサート会場に赴いた。私にとっては生まれて初めての、有名な歌手による、有料コンサートだった。
その数年前に狩人を地元のお祭りで見ていたが、それは無料だったのでカウントしていない。
自分の席は前から数えて30列くらい。ステージがあんなに遠い。ちゃんと見えるかなあ? すると、白っぽい衣装(というか、ブルゾンとジーンズみたいなもの)に身を包んだ、むっちりした男性がステージに現われた。
本物の渡辺徹だ!
チョコの CM の頃よりさらに体脂肪を増やしており、膨張色を身にまとっていたせいか、30列目でもちゃんと認識できる大きさだった。「舞台映えする」というのはこういうことなのだろうか(否)。
とにかくむっちむち。ズボンもぴっちぴち。
「こら!ここ見るんじゃない!」と、ステージ上で自身の股間のあたりを隠す仕草をする徹。
「もっこり」といえば『シティハンター』の、あのイメージが強いのかもしれないが、太ってズボンがきつくなったために強調されるその部分を、堂々と「もっこり」と呼び、それを公共の電波に乗せた渡辺徹の功罪は大きい。
失礼しました…。
さて、絶賛増量中でありながらも彼は非常に身軽で、歌に合わせて結構激しく踊っていたような記憶がある。というか、このくらいしかもう記憶がない。35年以上も前のことだ。
その後、私はほどなくしてシブがき隊のモッくんに心変わりし、徹のことは忘れていったが、それに反比例するように彼は体重を増やしていった。
さらにますます出世し、気がつけば日本の芸能界にはなくてはならない人となった。
榊原郁恵とも結婚して MAX となった好感度も、いまだ下がることを知らない。ただ、体重が増えすぎたおかげであちこち体を壊したと聞くし、まだ若いので大事にしてほしいと思う。
私が高校生くらいだったか。
「徹ちゃんのコンサート、もう行かないの?」と母に聞かれ、
「まっさかー!(笑)」と答えたら、
「あんたね、あのとき『(コンサート)楽しかった!また行きたい』って言ってたんだよ」
そのとき、罪悪感を少しだけ覚えた。今思い出してもチクッと胸が痛む。別に「アンタなんて嫌い!もうファンやめる!」と本人に断りを入れて、モッくんに乗り換えたわけでもないのに。
十代の女の子なんて勝手なもので、昨日好きだったものが今日は嫌いになるなんてこともよくあるもんさ。
♪ サヨナラさ Good-bye my sister
♪ さりげなく言うよ
♪ めぐり逢いを約束に
私は兄も姉もいないので、「こういうお兄ちゃんがいたらいいなあ」という気持ちだったのかな。今になってそう思う。
♪ いつかはきっと Hello my sister
♪ 街に疲れた時には
♪ 戻っておいで
だけど、結局私が徹のもとに戻ることはなかった。チクチクチク…。
2019.08.25
YouTube / 李雪主
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