Corona Extra と書かれた黄色に光る電飾看板が掲げられた窓の脇にあるアールデコ調の扉を開けた。
中からは人いきれとタバコの香り、そしてビリー・ジョエルの「ピアノ・マン」が聞こえてくる。肩のあたりが雨に濡れたコートを脱ぎ、カウンターの中にいるバーテンダーに無言で頷く。
店はL字に曲がったカウンター12席と、その後ろに二人掛けのテーブルが3つある。壁には古いレコードジャケットや飾りにしか使えないダーツの的が掛けられている。
バーテンは私の後ろにいる女性をチラリと見て、後ろの二人掛けテーブルを指で指した。
彼女のコートを受け取りテーブル脇にあるフックに掛ける。腰の高さぐらいあるスツールに腰を据えると、ゆったりとした白いワイシャツを着た店員がオーダーを取りにやってきた。
「いらっしゃいませ。もう(雨が)降り始めてますか?」
「ああ、もうちょっと、というところでやられたよ」
私はクビをフリながら彼女から渡されたハンカチで水滴をぬぐいながら返事をした。
「今日はどうしますか?」
「そうだね、こんな夜は… 彼女にはサイドカー、私はドライマティーニを」
流れる歌は「ピアノ・マン」から「ニューヨーク52番街」に変わっていた。
彼女は長いワンレングスの髪をかき上げながら私の顔を見て微笑んだ。「そんなに強いお酒を頼んで、後で私をどうするつもり?」とでも言いたそうな眼差しである。
タバコの煙をくゆらせながら、ふた口でドライマティーニを飲み干す。店員が空いたグラスを見たがオーダーは取りに来ない。私が2杯目は必ずコロナビールを頼むことを知っているからだ。
天井に取り付けてあるダリのスピーカーからは 「素顔のままで」が流れている。カットライムを瓶の飲み口にねじ込んだコロナビールと、キンキンに冷えたグラスをステンレスのお盆に乗せて店員がやって来る。
私はコロナを直接瓶から飲むのでグラスは使わないことを彼は知っているのだが、いつの頃からか「持ってきたグラスを断る」のが彼と私のルールになってしまっている。
「それじゃあ、私がそのグラスで一杯頂こうかしら」
彼女が口を挟んだ…
一人で “金麦のロング缶” を飲みながらビリー・ジョエルの原稿を書いていたら、わたせせいぞうに取り憑かれてしまった。
※2016年6月26日に掲載された記事をアップデート
2018.05.09
YouTube / billyjoelVEVO
YouTube / billyjoelVEVO
YouTube / billyjoelVEVO
Information