5月21日

変化こそ変わらない証、ありふれた14のチャイムから生まれた「VISITORS」

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photo:SonyMusic  

佐野元春、初期三部作の集大成ともいうべきツアー『ロックンロール・ナイト・ツアー』の最終日、アンコールのステージ上からニューヨーク行きを告げた元春。

その帰国後、ファンが待ちわびたニューアルバム『VISITORS』が発売されたのは84年の5月21日。ニューヨーク行きを告げてから1年と2か月後の出来事だった。

周知の通り、ロックンロールを基盤とした初期三部作とは趣の違う、当時日本ではまだ浸透していなかったヒップホップを大胆に取り入れた「COMPLICATION SHAKEDOWN」から始まるこのニューアルバムは、雑多な音楽を取り入れ、実験的な試みと言われ、賛否両論様々な評価が渦巻いた。

しかし、熱狂的なファンであった僕は、この革新的なサウンドに全く違和感はなかった。その理由として第一に挙げられるのは、リリックの世界観が初期三部作から続いているものだと咄嗟に感じたからかもしれない。

元春の歌う歌詞のテーマは一貫して、都市生活者の憂いや悲しみ、激情だった。ファーストアルバム『BACK TO THE STREET』に収録されている「情けない週末」では、


 町を歩く二人に
 地図はいらないぜ
 パーキング・メーター
 ウィスキー 地下鉄の壁
 Jazz man 落書き 共同墓地の中
 みんな雨に打たれてりゃいい


―― と歌う。

この情景は、十代の元春が一時期過ごした、横浜をイメージしているものだと分かる。この曲を聴いた十代の時、僕は幾度となく、週末の横浜をひとりで歩いた。山下公園、外人墓地、少し離れた大黒埠頭… 雨の日や曇り空を選んで、「情けない週末」のような風景を探していた。元春の描く世界観に浸りたかった。いや、元春になりたかったのかもしれない。

彼の曲は、彼自身が過ごした街の情景がテーマになっていることが多い。それが、『VISITORS』ではニューヨークに変わっただけであり、この街を舞台にした元春の世界に思いを馳せながら、僕は何度もレコードに針を落とした。

同アルバムに収録された曲のなかで、唯一、それまでの音楽性を踏襲し、一発目にシングルカットされた「TONIGHT」では、


 走りすぎてゆくタクシー
 西行きのバスのクラクション


―― という、どこかアメリカ映画で観たようなシーンを思わせながらも、


 トゥナイト
 心に写したピクチャー(風景)
 忘れない
 君は悩ましげな
 シューティング・スター(流星)
 地下鉄の中のレインボー(虹)
 ビー・バップ・クレイジー
 ニューヨーク…
 No more pain tonight


―― と歌う。

つまり、「心に写したピクチャー(風景)」とは、元春が初期三部作で歌った、東京や横浜に息づく都市生活者たちの情景であると僕は思っている。

元春はこの「TONIGHT」でこれまでのキャリア全てに区切りをつけるのではなく、思い出をしたためながら、ニューヨークの空気をたっぷり吸いこんだ革新的なリリックとサウンドを日本のファンに届けようとしていたのだ。

元春がニューヨークへ旅立った直後の83年4月21日、初のコンピレーションアルバム『No Damage』が発売された―― ファンはこのアルバムを繰り返し、繰り返し、聴きながら元春の帰りとニューアルバムを待ちわびていたはずだ。全14曲が収録されている同アルバムには「ありふれた14のチャイムたち」というサブタイトルがついている。

14のチャイム―― これは、元春が曲に託した「都市生活者のライフスタイル、14の出来事」という意味だろう。

すなわち、これが元春の心に写したピクチャー(風景)であり、彼はそれを胸に訪問者たち(VISITORS)というアルバムを僕らに届けたのだ。

アルバム『VISITORS』のブックレットには、「N.Y.C 1983~1984」というタイトルで、ニューヨークで暮らす元春のダイアリー的な手記が載せられている。


 サマータイム
 からっぽのワシントン広場
 できるだけ抽象的な格好で
 噴水に Dive する
 この街に来てから
 初めての友達が ドラッグで死んだ


当時、音を聴く前に目を通したこの一節は、僕に大きな衝撃を与えた。

訪問者としての元春らしいポエジーな視点から一転して、その文面からはニューヨークで暮らすことの危うさ、タフさ、受け入れなくてはいけない悲しみ、淋しさ、気丈さ、愛情など、様々な混沌とした感情がリアルに伝わってきた。そんな想いを感じながら彼がニューヨークで制作したアルバムに、僕たちが革新的でアグレッシブな印象を持つのは当然のことだった。

元春は、僕らファンには想像も及ばない覚悟でニューヨークへ渡り、自らの存在証明をかけて『VISITORS』を制作した。そのメッセージを受け入れ、向き合い、それぞれの答えを出すことが、当時のファンの使命だったと思う。

あれから、34年―― あのニューヨークでの日々が今の佐野元春の礎になっているように僕には思えてならない。

そして、今なお、元春が変化し続けていることが、彼が以前と何ひとつ変わっていないという証である。



歌詞引用:
情けない週末 / 佐野元春
TONIGHT / 佐野元春
N.Y.C 1983~1984(スポークンワーズ)/ 佐野元春


2018.09.02
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