9月21日

泰葉「フライディ・チャイナタウン」昭和の爆笑王、林家三平の次女が衝撃デビュー!

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泰葉のデビューシングル「フライディ・チャイナタウン」がリリースされた日
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先代林家三平を中心とした芸能一家・海老名家の次女、海老名泰葉


40年前の9/21は、シンガーソングライター泰葉のデビューシングル「フライディ・チャイナタウン」がリリースされた日である。泰葉とは彼女の本名であり、正式には “海老名泰葉”。昭和の爆笑王と謳われた落語家、先代林家三平を中心とした芸能一家・海老名家の次女であった。三平の本名は泰一郎といい、長女のみどりを除いて、長男の林家正蔵は泰孝、次男の当代三平は泰助と皆、父親から一文字譲り受けているのが、差しづめ爆笑王の王家の紋章とでもいうべきか。

子供の頃、先代三平のことが好きだったのは、彼が落語を披露していた印象がほとんどなかったからでもある。それは例えば笑福亭鶴瓶が、テレビではMCばかりしているというのとは意味合いが違う。三平は高座に上がっても、漫談とかふざけてばかりいたから、まともに落語を披露していた覚えがほとんどない。子供はふざけている大人が大好きだ。小難しい古典を聴かされるより「どうも、すみません~」とかいいながら、客いじりをして冗談ばかり言っている方が、見ていて愉快だったのである。もっとも同じ道に進んだ海老名家の男児たちは、大衆から期待されたこのイメージに長年苦しめられることになるのだが…。

ポップス界のニューフェイスとして、泰葉デビュー


「親の七光り」という言葉があるが、それは落語を生業とした選んだ彼らにこそ相応しく、畑違いの音楽業界に飛び込んだ泰葉には当てはまらないだろうという見方もあるだろう。だがどうしたって世間から注目されやすい出自を持っていることは確かで、それは彼女についても例外ではない。

だから「三平の次女」というバックグラウンドを隠すことなく、世に出た彼女とその後押しをした人たちは、むしろ戦略的に攻めの姿勢を貫いていられたのかも知れない。思えば彼女のデビューはそれなりに鮮烈なものだったと記憶している。「あの林家三平にこんな娘がいたのか!」というのが、大方の世間の反応だったはずだ。

楽曲もそうだった。いきなりの頭サビからオクターブを突き抜けるようなハイトーンで「♪It’s so Fly-day」という歌い出しは強烈なインパクトがあったし、キーボードの弾き語りスタイルというのも、当時はまだ斬新なスタイルではあった。

彼女は決して突然変異のようにステージに上がりスポットを浴びたわけではない。幼いころより音楽に興味を持つと、まずはクラシックで基礎を学び、次第にジャズに傾倒するようになっていく。その過程で音楽で身を立てることを決心し、やがてジャズボーカリスト、しばたはつみの下で修業時代を送ることになる。そこで時折、彼女のバックで演奏をしながらステージングを学び、曲を書き溜めてデビューの機会を待っていたのである。

ともあれ80年代初頭のアイドル歌謡全盛期にポップス界のニューフェイスとしてのデビューを飾ったことで、今なお強く人々の記憶に残ることになった。

フライディは、翔んでる女に週末をかけた巧妙な洒落?


ところでこの楽曲について語るとき、必ず触れておくべき断り書きのような事柄がある。タイトルの “フライディ” は金曜日を意味するわけではないということだ。歌詞には英字が当ててあり、そこには “Fly-day” と記されている。週末や揚げ物の日ではない。“飛ぶ” のほう… いや、当時の時代背景をからいうと、“翔ぶ” といった方がハマっている。既成の価値観にはまらない、新たなライフスタイルを標榜する人たち… 女子大生やキャリアウーマンたちを当時は “翔んでる女” と呼んで、もてはやす風潮があった。イメージリーダーといえば、桃井かおりサンあたりだっただろうか。

そういえば『翔んだカップル』なんて漫画が流行ったのもこの頃だ。この曲は夜の街を浮かれ気分で遊び歩く高揚感を歌ったものだろう。ふと脳裏に「TGIフライデー(Thank you God It’s Friday)」なんて言葉が浮かぶ。翔んでる女の週末か… ひょっとして “翔ぶ” と “金曜” がかかってる? ダジャレなのか!? こんなところに落語家のDNAが! … などと早まってはいけない。

作詞を手掛けたのは荒木とよひさ氏。後に作詞家協会の副会長まで務めた大御所で、テレサテンの「つぐない」「愛人」「時の流れに身をまかせ」の三部作など、主に歌謡曲の分野で腕を振るってきたイメージが強いが、ご自身はかつてフォークグループでも活躍した経歴を持つだけあって、言葉遣いには多少イキったところも感じられる部分もある。例えば、この曲中でも外国人(外人)のことを “ジンガイ” と呼んでみたり、ひと頃のギョーカイ言葉を差し込んでくる。今や人外といえばファンタジーアニメに出てくる獣人や半人半妖の “人ならざる” キャラクターを指したりするが、その辺りはなかなか時代を感じさせる要素でもある。

シティポップのリバイバルブームで再注目、井上鑑のアレンジワーク


だが最近、この楽曲が再び時代を超え、にわかに注目される動きも出始めていると聞く。シティポップのリバイバルブームである。

ジャズの洗礼を受けた泰葉が奏でるこの楽曲は、洗練されたフュージョンヴォーカルの雰囲気が感じられ、十分にその要素を兼ね備えているといってよい。元々、他のミュージシャンからも幾度となくカバーされる機会もあり、それだけ支持されてきた曲なのだが、直近ではMs.OOJAや藤井風といったアーティストたちも挙って取り上げており、今もなおタイムレスな魅力を発揮し続けている。

そしてこの曲を巡るもう一人のキーマンは、アレンジを手掛けた井上鑑。当時まだソロアーティストとしてメジャーデビューする前年にあたるこの年、彼が手掛けた大仕事というのが、かの寺尾聰「ルビーの指環」。その彼がアレンジャーとして次に手掛けた仕事こそ、この「フライディ・チャイナタウン」であった。ソロデビュー後は稲垣潤一、安部恭弘、鈴木雄大らと共に「ニューウェーブ4人衆」として和製AORシーンを牽引していく彼であるが、アレンジャーとしての彼がJ-POPで果たしてきた功績は絶大なものがある。

大滝詠一の薫陶を受けてきた彼が手掛ける音楽もまたエバーグリーンな魅力にあふれている。今再びシティポップが注目を集めているのも古びない魅力があるからだ。「フライディ・チャイナタウン」は、実はこうした巡り合わせの妙の上に成り立っている佳曲でもあるのだ。だが意外なことに当時ヒットチャートの最高順位は69位、やはり記録よりも記憶に残る曲だったのかと思えば、そうとばかりも言えない。チャートインとなった週は実に19週。新人らしからぬまるで演歌のようなチャートアクションである。

泰葉自身はインタビューでこの時のことを振り返り 「ちょっと売れて、勘違いをしてしまった」と謙遜しているが、プロモーティブなメディアといえば有線放送ぐらいしかなかった時代、この時の存在感が肌感だけでなく、こうして何らかの記録として証明されていることは感慨深いものがある。

チャイナタウンが持つ言葉の響き、ブームを担った80年代ならではの役割


ところで読者の方々は「チャイナタウン」という言葉の響きに何を感じるだろう。歌詞に描かれているのは、おそらく横浜中華街のようでもあるが、ひょっとすると、それは神戸や長崎なのかもしれない。どこにも港があり異国情緒がある、ジャック・ニコルソンのサスペンス映画『チャイナタウン』(1974年)はロサンゼルスが舞台だった。共通するのは身近な非日常的な街だということだろう。

僕らにとってはそれまで中華街は食のテーマパークのようなものだったから、チャイナタウンなんて言い換えは、気恥ずかしいものだったのだけれど、その印象を一変させたのは、矢沢永吉「チャイナタウン」(1978年)だった。彼が歌うのだから間違いなく舞台はもちろん横浜だ。言い方を変えるだけで、街の見方も変わってくるということを僕らは覚えた。また時折混同してしまうのが、前年の1980年にリリースされた、鹿取洋子のデビュー曲で「ゴーイング・バック・トゥ・チャイナ」という楽曲の存在だ。元ネタはオランダのロックバンドの曲のカバーなのだが、本来の歌詞とは全く設定が異なる和訳がついていて、冒頭の歌詞からして「♪港の明かりキラキラ…」なのだから、これはもうほぼ横浜で確定だ。

… とまあ、偶然にしてもよくこの頃、舞台を同じくした曲が続いたものだと思う。当時は今ほど中国との交易や人の行き来は盛んではなかったし、まだ距離感もあった。当然ながら中華街は東アジア的な異文化への窓口でもあったのだ。シルクロードやら何やらエキゾチックなものを求めた気運がそんな流れを作ってきたのかも知れない。昨今のリバイバルブームにあって、サウンドには普遍的な魅力を感じる一方で、歌詞や背景にはどうしても懐かしさや時代感を感じてしまうのは当然のことなのだろう。

ミュージシャン泰葉、本家本元のセルフカバーにも期待


さて数々のゴシップでワイドショーをにぎわせてきた泰葉が、数年前、音楽活動を再開したと聞いて、しばらくの時がたった。またいずれ書き溜めた曲を披露してくれることもあるのだろう。この「フライディ・チャイナタウン」にもいくつかのバージョン違いもあり、これだけカバーが話題になってくるといずれ本家本元のセルフカバーにも期待したいものだ。

これまで彼女のやることなすことは、思い起こせばずっと、多少無理をしてでも人々の期待に応えようとするサービス精神が発露したもののように思える。おそらくは海老名家の姉弟たちの誰よりも… おそらくは父親と同じ芸事にストイックに取り組む弟たちよりも、かの爆笑王のDNAを色濃く受け継いでいるのではないかと思うのだ。会見での暴言もリングでの “回転海老名固め” も、もう十分に見せてもらった。そろそろ本業と決めたエンタテインメントの方で、また期待に応えてもらいたいと願っている。

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2021.09.21
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カタリベ
1965年生まれ
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