10月19日

山下達郎「蒼氓」普遍へと向かう魂の共鳴

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photo:Warner Music Japan  

大人にならないとわからない味わいというものがある。二十歳になる手前でこの曲に出会ったとき、私は完全に素通りをした。

山下達郎「蒼氓」。

発表は、1988年のアルバム『僕の中の少年』。なんと後半のコーラスには、桑田佳祐、原由子夫妻が参加している。

この頃の私は、「夏だ、海だ、タツローだ!」というイメージにまんまと飲み込まれ、達郎のことを洗練されたリゾートソングの作り手くらいにしか受け止めていなかった。もちろん、達郎が作リ出す音楽に、大好きな曲はたくさんあったが、そのサウンドのカッコ良さが際立てば際立つほど、私は音を追うことに翻弄され、達郎の声も楽器のひとつと解釈する中で、そこに言葉の意味を拾い上げるイトマはなかった。

そのイメージを払拭したのは、2012年、映画館で上映された『山下達郎シアター・ライヴ PERFORMANCE 1984-2012』。

ライヴの評判はあちこちから聴いてはいたものの、初めて目にしたスクリーンの中の “動く” 達郎は、私の想像を遥かに超えていた。ものすごい熱量で歌声を放ち、ギターを掻き鳴らし続ける。そして、その言葉ひとつひとつの説得力たるや、今まで私は何を “聴いたつもり” になっていたのだろうと、自分を恥じ入るのに十分だった。

達郎の歌が、サウンドとしてではなく “言葉” として深く私の中に入ってきた瞬間、この人の音楽をもう一度きちんと受け止めたいと強く思った。そして、感動の追体験を求め、教典を探すようにライヴ映像を探した。だが、そんな都合の良いものはこの世に存在しない。せめてもの音像を、ライヴ録音の『JOY / TATSURO YAMASHITA LIVE』に頼り、聴き直すことにした。

達郎の発する “言葉” に焦点をあてる。キラキラとした曲たちの中に、時折現れる強いメッセージ。


 本当の事なんて
 何一つ届きはしない
 幸せの振りをして
 むせ返る街のざわめき

 悲しみの声に答える術もなく
 僕はどうすればいい

(「THE WAR SONG」より)


世の中の歪みに対する焦燥や怒り。そこには、今まで見えなかった世界が広がっていた。達郎がこんなにも、もがいていたなんて…。

「音楽は、そして文化は平和でなければ成立しない」と達郎は言う。自分が愛する音楽のため、また自分の音楽を愛してくれる人々のため、平和を脅かすものへの憤りはひとしおなのだろう。

そして静かに訪れる「蒼氓」。

繰り返されるのは、美しくも着地感のないハーモニー。そのループは、どこから来て、どこへ向かうのかわからぬまま続く、人生の歩みを投影しているかのようだ。

この曲は、「無名性、匿名性への熱烈な賛歌」として作られたという。達郎と同じく、もがきながらも生活という営みを引き受け、明日へと進んでいく無数の民へ捧げる歌だ。「世の中にリリースし、自分の手を離れたあと、楽曲は独自に歩き始める」と達郎は語る。88年、この曲が世に出された直後に、「平成」の幕は開いた。

消費税の導入、湾岸戦争、ベルリンの壁とソビエトの崩壊、阪神・淡路大震災、地下鉄サリン事件、アメリカ同時多発テロ、リーマンショック、そして東日本大震災と原発事故。

時の流れとともに我々の目に映る様々な景色の中、この「蒼氓」は、それぞれの意味を持ちながら、ひとりひとりの心にゆっくりと浸透していった、そんな曲なのではないだろうか。


 凍りついた夜には
 ささやかな愛の歌を
 吹きすさんだ風に怯え
 くじけそうな心へと
 泣かないで この道は
 未来へと続いている


この歌詞から思い起こす出来事は人によって違えど、人間生きていれば「ささやかな愛の歌」が必要な場面が必ずある。そして、その歌に救われた分だけ、そのメロディーは自分の中の普遍となっていく――。

私には、この曲の中で、ずっと気になっていた一節があった。


 限りない命のすきまを
 やさしさは流れて行くもの
 生き続ける事の意味
 誰よりも待ち望んでいたい


限りあるはずの命が「限りない命」とされ、「待ち望む」という受け身な姿勢に付け加えられた、「誰よりも」という積極性。これは、一体どういうことなんだろう。

昨年私は、念願だった達郎のコンサートを観る機会に恵まれた。毎年、セットリストに変化はあっても、主な構成の軸は変わらないという。アカペラがあり、あの名曲があり、客席総立ちとなる数曲がありという流れ。

達郎いわく、それは数年ぶり、数十年ぶりに来てくれた方が、違和感、疎外感なくコンサートを楽しめるようにという願いからだそうだ。なんという長期的配慮だろう。まるで、何十年もの間、街角で変わらぬ味を出しつづける洋食屋のようだ。ずっとそこに在り、必要とされるもの。達郎はそこに向かっているのだろうか。

今回、ツアー開始前の6月に亡くなったシュガー・ベイブのベーシスト、寺尾次郎を追悼し「WINDY LADY」「DOWN TOWN」が演奏された。その数曲あとに歌われたのが、ツアーでは初登場となる「REBORN」。


 私たちはみんな
 どこから来たのだろう
 命の船に乗り
 どこへと行くのだろう
 あなたから私へと
 私は誰かへと
 想いを繋ぐために

 (中略)

 たましいは決して
 滅びることはない
 いつかまた きっとまた
 めぐり会う時まで
 少しだけのさよなら
 たくさんのありがとう
 少しだけのさよなら


達郎が2008年にツアーを再開して10年、その間に逝ってしまった、かけがえのない人たち。佐藤博、青山純、大瀧詠一、吉田敬、村田和人、松木恒秀、寺尾次郎…。

MC で達郎は語る。残された人間は亡くなった者の分まで、一所懸命生きていかなければならないと。そして「たましいは決して 滅びることはない」と。

ここで私は気がかりの答えを見つけた。

「蒼氓」での「限りない命」とは、自分だけの命のことではなく、関わった人間すべての命を指し、「生き続ける事の意味 誰よりも待ち望んでいたい」にみえる積極性は、残された人間としての使命であり誠意なのではないだろうかと。

アンコールに差し掛かり、ステージセットには大きな月が現れた。かつて子供の頃には天文学者に憧れ、渋谷のプラネタリウムに足繁く通ったという達郎。何があろうと変わらず空から光を放ち続ける月や星。そこに浮かび上がった達郎の普遍への憧憬は、2000人を照らし、ステージはクライマックスへと向かった。

内外の平和達成という願いのもと名付けられた「平成」が終わり、また新たな時代が始まった。これからも、あなたの「ささやかな愛の歌」があれば、私たちはきっと未来に光を見つけられるだろう。


※2019年2月4日に掲載された記事をアップデート

2019.10.19
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カタリベ
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