EPICソニー名曲列伝 vol.27 ドリームズ・カム・トゥルー『笑顔の行方』 作詞:吉田美和
作曲:中村正人
編曲:中村正人
発売:1990年2月10日
黄金期を築いた「ロックの丸さん」こと丸山茂雄の影響
―― それからもうひとつは、そのころ五十歳ちょっと前で、定年まで十何年あるでしょ。エピックはうまくいっているから、自分も部下も誰もクビにならない、そういう部下との関係がさらに十何年続くと想像すると気持ち悪いじゃない。(中略)だからこれは一回、おれが辞めたほうがいいかなと思って、一九八八年にエピックを辞めて。
EPICソニーの黄金期を築いた「ロックの丸さん」こと丸山茂雄の著書『往生際』(ダイヤモンド社)からの一節である。本連載でここ数回書いている、80年代後半におけるEPICソニーの変容には、丸山茂雄という精神的支柱の喪失も影響しているのかもしれない。
前回
『ドリカム「うれしはずかし朝帰り」から始まる “シン・EPICソニー” の歴史』で書いた「シン・EPICソニーへの変貌」をもう少し詳しく追うために、ドリームズ・カム・トゥルーの曲をもう1曲取り上げる(先に告白すれば、あと4曲・計30曲で、この連載は一旦締めることにする)。
TBS系ドラマ「卒業」主題歌、ドリームズ・カム・トゥルー「笑顔の行方」
発売日は90年の2月。火蓋が切られた90年代を席巻することになるドリカムの初ヒットは、この『笑顔の行方』である。44.6万枚だから堂々たるヒット。この曲でドリカムに巡り合ったという人は多いはずだ。
TBS系ドラマ『卒業』の主題歌。中山美穂、仙道敦子、河合美智子がパジャマ姿で、この曲に乗せて体操をするタイトルバックを、憶えている人も少なくないだろう。
中川右介氏によるフジテレビ系月曜9時ドラマ、いわゆる「月9」の歴史を考察した労作、その名も『月9 101のラブストーリー』(幻冬舎新書)には、『卒業』と同クールの「月9」=『世界で一番君が好き!』のプロデューサーだった大多亮がドリカムに主題歌を発注しようとしたというエピソードが紹介されている。
しかし、ドリカムの新曲タイアップが “三日前に” TBSの『卒業』で決まってしまったため、LINDBERG『今すぐKiss Me』に仕方なく代えられたとのこと。ちなみに『今すぐKiss Me』は『笑顔の行方』を超える61.0万枚の大ヒットとなる。
決して主和音に行かない、実に奇妙なコード進行
さて、そんな『笑顔の行方』。今回改めて聴き直して、とても驚いた。これは凝っている。いやもっと直接的に言えば、実に奇妙なコード進行の曲なのだ(奇妙過ぎて、次のパラグラフのコード進行解析には、別の捉え方もあるかもしれないことを、先に断っておく)。
キーFとB♭、Dの間でひたすら転調を繰り返す。このこと自体は90年の段階で、それほど奇妙なことではないが、キーF・B♭・Dそれぞれのパートで、決して主和音で落ち着かないのだ。これは相当変わっている。「♪ 同じ笑顔はできなくても」の「も」のコードDで一瞬落ち着きかけるが、すぐにせわしなくFに転調する。
「C→G7→C」―― これは、音楽の授業の前、音楽の先生がピアノで弾く「起立→礼→着席」のコード進行。この場合のキーはもちろんCで、主和音もC。だから最後の主和音Cで生徒は落ち着いて「よっこらしょ」と席に座る雰囲気になるわけだ。
そう、この「よっこらしょ」感が、この曲には無いのだ。最後の最後「♪ 今ならもっと」で、ようやっとFという主和音に落ち着くが、それも一瞬。その後もフラフラっとコードが変わっていく。
ビーチ・ボーイズの名盤「ペット・サウンズ」との共通項
この感じ、どこかで聴いたことがあるなと思い返してみると、ザ・ビーチ・ボーイズの名盤『ペット・サウンズ』が浮かんだ。
「ルート(註:コードの根音)に向かうことを執拗に避け続けるベース・ライン」―― これは、山下達郎が書いた同アルバムのライナーノーツ(名文)で挙げられた『ペット・サウンズ』の音楽的特徴の1つなのだが、これは、落ち着かない / 「よっこらしょ」感が無いという意味で、「決して主和音に行かないこと」と音楽的に近しい意味を指す。
ここで『笑顔の行方』のクレジットに目を移すと “作曲:中村正人”。『ペット・サウンズ』の首謀者であるブライアン・ウィルソンと同様に、“ベーシストが作曲した” という共通項を発見するのだ。
ベーシストならでは! 下から目線の繊細なコード感覚
ギタリストやピアニストに比べて、ベーシストは低音から、つまり下から音楽を支えている。ベースの音1つで、曲の表情が微妙に変わるということを熟知している。そんなベーシストならではの、「下から目線」の繊細なコード感覚によって、『笑顔の行方』は作られたのではないだろうか。
しかし、そんな風変わりな曲が、吉田美和の圧倒的ボーカルと、チャーミングなルックスによって、44.6万枚売り上げたのだから時代は変わった。この曲のMVを今回、30年ぶりに改めて見て、「ドリカムとは、まずは吉田美和のルックスだった」と痛感した。
さぁ、EPICソニーから丸山茂雄がいなくなり、ドリカムがやって来た。そして、90年代がやって来た。
※ スージー鈴木の連載「EPICソニー名曲列伝」
80年代の音楽シーンを席巻した EPICソニー。個性が見えにくい日本のレコード業界の中で、なぜ EPICソニーが個性的なレーベルとして君臨できたのか。その向こう側に見えるエピックの特異性を描く大好評連載シリーズ。
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2020.04.25