EPICソニー名曲列伝 vol.2
シャネルズ『ランナウェイ』
作詞:湯川れい子
作曲:井上忠夫
編曲:井上忠夫
発売:1980年2月25日
売上枚数:97.5万枚
おおよそ100万枚近くの大ヒット。しかし、ばんばひろふみ『SACHIKO』に続いてこの曲ということで、レーベルとしての音楽的方向性は、まだ見えてはいない。
しかし大ヒットとなった要因は、くっきりと見えている。CM タイアップである。80年代に入り、いよいよ本格的に定着し始めた CM タイアップという手法。CM の BGM として、楽曲タイトルのテロップ付きで新曲を流し、その新曲の拡販につなげるという仕組み。
ただ、この『ランナウェイ』のタイアップは、普通のタイアップではなく、商品・CM・楽曲が、かなり濃厚に連携していた。だから爆発的ヒットとなったと考えるのだ。
◆商品は、パイオニアのラジカセ「Runaway(ランナウェイ)」であり、ブランド名と曲名が同一であること。
◆CM の内容は、少年がそのラジカセ「Runaway」を持って家出をしようとするのだが、駅で駅員に制されるというもので(80年代を代表する傑作 CM の1つ)、こちらは曲『ランナウェイ』の歌詞とぴったりと合っていること。
先に CM のアイデアがあり、それに合わせて楽曲を作ったという。だから、単なる CM の BGM ではなく、商品・CM・楽曲が相乗効果を持って、1つの世界を作っている。その結果としての大ヒットだったのだ。
作詞は湯川れい子。80年代の湯川は、松本伊代『センチメンタル・ジャーニー』やアン・ルイス『六本木心中』などの作詞家として活躍するのだが、その端緒となった1曲である。
昨年発売された、湯川れい子の自伝『女ですもの泣きはしない』(KADOKAWA)によれば、この『ランナウェイ』の歌詞は、自身の経験に基づいて書いたという。引用文中の「直也」は、湯川が若い頃に大恋愛をした、ジャズ好きで遊び人の受験生。
―― 遊んでばかりいる直也は、受験勉強をしろと言われて自室にとじ込められた。父親の目を盗んで2階から逃げ出し、私が待つ有楽町駅のホームにやってきた。靴を持ち出せず白いソックスしか履いていなかったけれど、それでも直也は私を連れてジャズ喫茶「コンボ」に行き、じっとジャズに耳を傾けていた。その横顔には少年の面影が漂っていた。「連れていってあげるよ」と直也は言っていた。行き先は「二人だけの遠い世界」。
さて、そのような背景の中、大ヒットしたこの曲だが、ドゥワップ好きを公言し、顔を黒く塗り、黒人風のいでたちでデビューした当時のシャネルズに対して、批判的なまなざしが向けられていたことも、併せて指摘しておきたい。私が敬愛する小林信彦の発言。
―― ぼくは、戦後三十五年間における、日本人のアメリカ誤解の一つの頂点じゃないかと思う、シャネルズというのは。(中略)とにかく、ほんとに塗ったか知らないけど、初めは靴墨塗ったといって、朝日のテレビ欄に投書が出て、彼らは黒人を差別しているんじゃないかというと、また、それに対する反論が出て、そうではないとかという意見が出たりして、笑いました。(中略)あれ、テレビで初めて見たとき気持ち悪かったですよ、ぼくは。気持ち悪かったというのは、気味が悪いじゃなくて、日本人の典型的な体型で、足が短くてさ、あれが手を向こうのショーみたいに動かしてね。何だろうと思ったものね(小林信彦・片岡義男『星条旗と青春と 対談:ぼくらの個人史』角川文庫)
先に述べた商品・CM・楽曲の完全連携で、大衆はシャネルズを盲目的に受け入れたのだが、アメリカ文化を知り尽くしている小林信彦の目からは、完全なるゲテモノに見えたということだろう。
この件で思い出すのは、一昨年の大晦日に放映された『絶対に笑ってはいけない』で浜田雅功の「黒塗り問題」である。ダウンタウンの浜田雅功が米俳優エディ・マーフィに扮して、黒人風のメイクをしたことを受けて、海外メディアなどから「人種差別的」と非難の声が上がった件だ。
ただ、浜田雅功とシャネルズのあいだの決定的な違いは、黒人文化に対するスタンスである。単なるお笑いネタとして黒人メイクをした浜田雅功に対して、シャネルズ、とりわけリーダーの鈴木雅之には、黒人文化に対する強烈にピュアな憧れがあり、その結果として、靴墨に手を出したと思うのだ。
それでも今、鈴木雅之が黒塗りで出てきたら「アウト」だと思うが、1980年という時点でのアメリカ(黒人)文化には、今とは比べ物にならないほど、日本人からの距離感があったわけで、その距離感が、黒塗りという極端な行動を誘発したと考えれば、責められるものではないだろう。
4年前に行われた、松本隆の作詞活動45周年を祝うコンサート『風街レジェンド2015』に出演した鈴木雅之はこう挨拶した――「日本初の黒人、鈴木雅之です」。ここまで来ればもうアッパレではないか。
1980年は、シャネルズのデビューと、山下達郎のア・カペラ作品『ON THE STREET CORNER』が発売され、アメリカから遠く離れたこの日本で、ドゥワップの文化が根付き始めた年。
そして1980年は、この2組の師匠とも言える大滝詠一が、弟子たちに先を越されながら、アメリカンポップスのエッセンスがぎゅうぎゅうに詰まった『A LONG VACATION』のレコーディングを、コツコツと進めていた年。
―― 連れて行ってあげるよ、アメリカ文化という遠い世界へ。
2019.03.25
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