1月24日

クリーンナップはハロプロとあみん!野球選手と結婚した女性歌手ベストナイン発表

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プロ野球選手と結婚したアイドルたち


近年は、グループアイドルのメンバーがプロ野球選手と結婚する例が相次いでおり、侍ジャパンの高橋奎二(東京ヤクルトスワローズ)は板野友美(元AKB48)が、源田壮亮(埼玉西武ライオンズ)は衛藤美彩(元乃木坂46)がパートナーである。また、高城れに(ももいろクローバーZ)&宇佐見真吾(北海道日本ハムファイターズ)、大場美奈(元SKE48)&石川柊太(福岡ソフトバンクホークス)など結婚したことが記憶に新しいカップルも存在する。そこで、今回は音楽メディアとしてワールド・ベースボール・クラシックの盛り上がりにリンクすべく、プロ野球選手との結婚歴のある女性歌手の代表曲でバッティングオーダーを決めるという企画を展開したい。

ただし、Re:minderというサイトの特性上、対象を昭和期から平成前期(2003年まで)に音楽活動歴のある人物に限定したい。また、守備を決めると無茶なこじつけが生じそうなので、あくまで打順の発表のみにすることにした。

1番:CoCo / はんぶん不思議


先頭打者は平成最初のメジャーアイドルグループCoCoの代表曲だ。1989年(平成元年)に乙女塾のトップバッターとしてデビューした彼女たちは、シングルを11作連続でオリコン週間チャートのトップ10入りさせるなど、“冬の時代” のアイドルとしては極めて出塁率が高かった。そんなCoCoの楽曲のなかでも、学校のチャイムを思わせるイントロから始まるセカンドシングル「はんぶん不思議」(1990年)はとくに人気が高い曲で、ノンタイアップながらグループとして最大のヒット曲となった。歌詞に「野球」が登場する点にも注目したい。

「はんぶん不思議」をセンターで歌った瀬能あづさは、グループ脱退後の1996年に横浜ベイスターズ(当時)の内野手だった石井琢朗と結婚。そのタイミングで芸能界を離れた(2000年に離婚し、その後一時復帰)。ちなみにCoCo は「横浜Boy Style」(1992年)というベイスターズのイメージソングを歌ったこともある。

2番:渡辺典子 / 晴れ、ときどき殺人(キル・ミー)


近年は日本でも “2番打者最強理論” が注目されていることもあり、ここに強打者を配置する。「晴れ、ときどき殺人」(1984年)は、 “角川三人娘” の三番手となった渡辺典子にとって初出演映画の主題歌でもあった。過去に郷ひろみと樹木希林の「林檎殺人事件」の例はあるが、やはり、アイドルの曲名に「殺人」というワードは好ましくないと考えられたのか、「キル・ミー」とルビが振られた。また、曲調は殺人事件を思わせるダークなものではなく、オーケストラによる壮麗なイントロから始まるミュージカルのなかの1曲のようなものに仕上がっている。



渡辺典子は1995年にヤクルトスワローズ(当時)の投手だった西岡洋と結婚している。しかし、西岡は翌年オフに自由契約に。近鉄バファローズ(当時)に入団も活躍ならずで、通算0勝のまま引退している(1998年に離婚)。

3番:モーニング娘。/ ザ☆ピ~ス!


クリーンナップはハロプロとあみんが担う。クリーンヒットを量産していた絶頂期のモーニング娘。において、石川梨華が、安倍なつみ、後藤真希に続く “第3のエース” のような扱いに抜擢された曲が「ザ☆ピ〜ス!」(2001年)を3番に置こう。

この曲は、ラップのようでも応援団の掛け声のようでもあるイントロで始まり、間奏では石川梨華による「〜お昼ごはん なに食べたんだろう?」というセリフが入り、無音状態が繰り返される終わりそうでなかなか終わらないエンディングなど、実に凝った構成になっている。

そして、最大のフックが、アイドルの曲には珍しい“あの歌詞”だろう。それは人々の印象に強く残り、20年以上経った今でも、“選挙の日は投票に行って外食したこと” をSNSで報告する人が数多くいる。

阪神タイガースファンであり、アンチ巨人を思わせる発言をしていた石川梨華は、2017年に埼玉西武ライオンズの投手だった野上亮磨と結婚した。野上はその後、皮肉にも巨人に移籍している(2021年に引退し現在はスコアラー)。

4番:あみん / 待つわ


あみんは1982年春に「第23回ヤマハポピュラーソングコンテスト(通称:ポプコン)」のグランプリ受賞曲「待つわ」で同年7月にでレコードデビューした。当時はポプコンに対する注目度は高く、この曲はいきなり大当たりする。オリコン週間チャートで6週連続1位、1982年唯一のミリオンセラーを記録した特大アーチだったのだ。



「待つわ」を作詞作曲した岡村孝子は、あみんの活動停止後にシンガーソングライターとして長きに渡って活動を続ける。代表曲の「夢をあきらめないで」(1987年)はメディアで高校野球の応援ソングとして流されることが多くある。

私生活では、1997年に読売ジャイアンツでプレーしていた内野手の石井浩郎と結婚したが、石井の引退後、2003年に離婚を選択した。

5番: カントリー娘。に紺野と藤本(モーニング娘。)/ 浮気なハニーパイ


北海道を拠点としていたカントリー娘。は、2001年4月にモーニング娘。より石川梨華という助っ人を得ることで “カントリー娘。に石川梨華(モーニング娘。)” 名義で音楽活動を本格化する。しばらくして、そこに新メンバーとして加入するのが里田まいだ。

助っ人はやがて、北海道出身の藤本美貴、紺野あさ美に代わり、ユニット名は “カントリー娘。に紺野と藤本(モーニング娘。)” とチェンジ。その第一弾シングルが「浮気なハニーパイ」である。これは、プロデューサーであるつんく♂が自身の遊び心を存分に投入したハイパーテクノ歌謡ともいえる曲であり、ハロヲタ界隈では極めて人気が高い。グループがメンバーを一新して“カントリー・ガールズ”になってからも歌い継がれる長打となった。



カントリー娘。に紺野と藤本(モーニング娘。)には、プロ野球選手選手と結婚したメンバーが2名いる。里田まいは、『クイズ! ヘキサゴンII』(フジテレビ系)で大きく当てたあと、2012年に東北楽天ゴールデンイーグルスに所属していた投手・田中将大と結婚。田中の渡米後は、“ニューヨーク・ヤンキースのエースのパートナー” となり、そのサポートぶりが注目された。

ハロプロ卒業後、テレビ東京のアナウンサーになった紺野あさ美は、2017年に東京ヤクルトスワローズの投手・杉浦稔大と結婚。その後、杉浦が北海道日本ハムファイターズに移籍したことで、郷里である北海道に活動拠点を移している。

6番:松本典子 / さよならと言われて


ここからの下位打線には各時代のアイドルが並ぶ。松本典子は新人女性アイドル激戦イヤーである1985年にCBSソニーのイチ推しとしてデビューした。当初、その楽曲はある大物アイドルに寄せる路線が選択されていた。デビュー曲の「春色のエアメール」(1985年)、2作目の「青い風のビーチサイド」(1985年)はともに、タイトル、詞、曲、アレンジといずれも松田聖子風だったのだ。

そして、勝負曲といえる3作目にしていよいよ、いくつもの松田聖子楽曲を手掛けていた呉田軽穂(松任谷由実)に曲作りを依頼した。それが「さよならと言われて」(1985年)だ。このスローテンポな曲は彼女にとって最大のセールスを記録した代表作曲となった。



歌手としては大ブレイクとはならなかったものの、バラエティ番組では高い打率を誇った彼女が結婚したのは1992年のこと。相手は以前よりファンだと公言していたヤクルトスワローズ(当時)のユーティリティプレイヤー・笘篠賢治だった。

7番:メロン記念日 / This is 運命


2000年にデビューしたメロン記念日は、ハロー!プロジェクトの25年にも及ぶ歴史のなかで、結成から解散までメンバーの変動が1度もなかった珍しいグループである。そして、デビュー当初はCDのセールスが芳しいものではなかった彼女たちにとって、転機となったのが4作目のシングル「This is 運命」(2001年)だ。

これは、曲調やリズムが何度も異なる複雑な構成の曲で、そのメリハリはライブパフォーマンスを盛り上げることになる。メロン記念日は「This is 運命」をきっかけにハロプロ内における存在感をアップさせ、約10年にわたって活動を続けたのである。

解散後、メンバーの柴田あゆみはソロシンガーとして活動していたが、2016年 に千葉ロッテマリーンズの投手だった南昌輝(現・球団スタッフ)と結婚したことが報道され、間もなくして芸能活動を休止した。

8番:清水香織 / 禁じられたヒロイン


清水香織は1986年にデビューしたアイドルのひとりである。当時はおニャン子クラブが旋風を巻き起こしていた時期で、西村知美、島田奈美らモモコクラブ勢以外の新人女性アイドルは軒並み苦戦していた。そのなかにあり、清水香織のデビュー曲「禁じられたヒロイン」もセールス的にパッとしなかった。ただし、そのビジュアルコンセプトはインパクトが大きなものだった。

この曲のジャケットで、彼女は修道女もしくはシスターと呼ばれる人たちのような扮装をしているのである。その衣装を着てテレビで歌うことも、ステンドグラスや十字架を模したセットが用意されることもあった。そのようなビジュアルでありつつ、「タブーで生きたい タブーで燃えたい」という歌詞もあり、禁欲的な生活をおくっている女性が厳しい戒律をおかすようなイメージが演出された。これは、80年代アイドルが誰も踏み込んでいない領域だった。

その後、アーケードゲーム『サイコ・ソルジャー』のテーマ曲や、竹内まりやのカバーである「不思議なピーチパイ」などをリリースした彼女は、1991年に横浜大洋ホエールズ(当時)の投手だった佐々木主浩と結婚した。やがて佐々木は、 “ハマの大魔神” と呼ばれる球界を代表するクローザーとなり、MLBでも活躍するが、清水香織とは2005年に離婚している。

9番:中嶋美智代 / 赤い花束


千葉ロッテマリーンズの外野手だったサブロー(現在は二軍監督)と2000年に結婚した中嶋美智代(現・中嶋ミチヨ)もCoCoと同じく乙女塾の出身だ。レコード会社はポニーキャニオン、プロダクションはサンミュージックとアイドルの名門にプッシュされた彼女は、1991年1月に「赤い花束」でソロデビューした。

この曲は、70年代の浅田美代子風の世界を90年代なりに再現したもので、シンセサイザーを多用したアレンジも特徴だ。当時、アイドルのマーケットは完全に冷え込んでいたが、このデビューシングルはオリコン週間チャートでトップ10入り。中嶋美智代は “遅れてきたアイドル” といった存在として塁に出たのである。

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2023.03.12
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