2月4日

何という健気さ!岡村孝子「夢をあきらめないで」はこじらせ男子を生みだす応援歌?

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受験シーズン到来! テレビCMで使用される応援ソング


2021年1月16日、17日。昨年まで「大学入試センター試験」と呼んでいた大学入試の天王山が、名称も新たに「大学入学共通テスト」という新制度の下に実施された。我々の世代では国公立大学受験のために「共通一次試験」との名称で始まった制度だが、今は私立大学も採用しているというから、その役割が占める割合はより大きくなっている。

そしてこの時期恒例だが、寸暇を惜しんで勉強にいそしむ受験生に向けて、この数年、大塚製薬カロリーメイトのテレビCMでは受験生の励ますような温かい楽曲を使用して、応援キャンペーンを展開している。そこで使われる楽曲として、今期は森山直太朗自身のニューアレンジとなる「さくら(2020合唱)」が使われているが、これまでも「♪ ガンバレ!」のシャウトが入るブルーハーツ「人にやさしく」や、「♪ 運命に負けないで」と歌われる山下達郎「希望という名の光」など、日本を代表する応援歌のスタンダードナンバーといえるものが選曲されている。

もうひとつ、応援歌の定番といえば、誰もが思い出すZARD「負けないで」については、意外なことにまだ起用に至っていない。こちらは同じ大塚製薬でもポカリスエットのCM曲「揺れる想い」の印象が強すぎるせいだろうが、これまでのラインナップを見ると「いやいやいや、ベタ過ぎるでしょ」という企画会議の情景が勝手に想像できてしまう。もっとも「負けないで」のリリースは1月下旬だったから、やはり当時、受験生に向けての応援ソングとして意識されていたようである。今はベタでもいずれ、ひょっとしたら起用の目もあるかもしれない。

J-POPを代表する応援歌のスタンダード「夢をあきらめないで」


この受験生応援シリーズのテレビCMがスタートしたのは2012年。トップを飾ったのは、満島ひかりさんがカバーし、力強い独唱で話題となった中島みゆき「ファイト!」であった。この曲については以前『中島みゆきと吉田拓郎の「ファイト!」カバーはオリジナルを超えるか? <前篇>』『中島みゆきと吉田拓郎の「ファイト!」カバーはオリジナルを超えるか? <後篇>』で書いたことがあるので、ここで詳しくは触れないが、社会の格差や断絶の中でもがく若者に向けた、どことなく昭和的な匂いのする応援歌と云えなくもない。「♪ 勝つか負けるかそれはわからない~」とのフレーズを切り取って、見事に大勝負に挑む受験生に向けた応援ソングに仕上がっている。約10年も前のCMだが「とどけ、熱量。」というキャッチコピーが商品名にかかっていて何とも秀逸だ。

このCMシリーズが次に再開されるのは2015年。キャッチコピーは「見せてやれ、底力。」と、より応援色が強くなったから、むしろここからが本当のシリーズ化といっていいのかも知れない。その回でも重要な役割を担ったテーマ曲は、岡村孝子「夢をあきらめないで」。岡村さん歌唱によるオリジナルではなく、このためにカバーされた曲が使用されている。数十人の美大生たちによって描かれた膨大な数の黒板アートによるアニメーションが展開される大作であり、過去の名作CMといってよいだろう。映像の力感も相まって、この映像を見た人々の多くが1987年にリリースされたこの楽曲をJ-POPを代表する応援歌のスタンダードであると再認識できたのではないだろうか。

実は失恋ソングだった、岡村孝子「夢をあきらめないで」


岡村孝子さんはこの楽曲について、実は誰かを応援するつもりで書いたのではなく、単なる “失恋ソング” としてコメントしている。つまり解釈すれば、そのタイトルは夢を追って自分の元を去る恋人へ贈るメッセージになっていて、歌詞を読み解くと「後姿が小さくなる」彼を「冷えたその手」を振り続けて見送る情景が描かれている。

かつて「OLの教祖」とまで言われた彼女のこと、作品の多くには女性目線の心情の機微が描かれ、広くファンからの支持を得ていたが、この曲はそれまで描いたことのないシチュエーションで書いてみようという試みから生まれたものだという。

だが制作した楽曲が作者の意図とは別の方向に解釈され発展していく例は少なくない。1993年にリリースされ、この曲と双璧を成すであろう応援ソング「負けないで」も当初は同じく、去り行く恋人に宛てて書かれたものであるというから、あくまで偶然の一致といえるだろう。岡村さんがそのことを明らかにしたのはだいぶ後になってのことである。

また、彼女はどちらかといえばアルバム主体にヒットを重ねてきたアーティストであるから「夢をあきらめないで」もシングルとして大ヒットしたわけではない。数々のテレビ番組の挿入歌やCMなどで使用され、また度々他のアーティストからカバーされるなど、彼女の代表曲のひとつとなり、年月を重ねて応援歌のスタンダードとして定着していった。彼女自身このことに当初は戸惑いもあったというが、今ではそれを受容れ、ステージでは常に応援歌のつもりでこの曲を披露しているという。

こじらせ男子大量発生? 聴く人それぞれに掻き立てられる想像力


この歌詞に淡々と描かれる心象風景はあらゆる解釈を呼び、未だに様々な人たちがこの歌についてコメントを寄せている。最近でも作詞家のいしわたり淳治さんが、自らのコラムで「聴く年齢や立場によって解釈が変わる不思議な楽曲」だとこの曲を評している。

例えば曲の冒頭、彼が去っていく「乾いた空に続く坂道」は、見送る主人公の目線であれば、“夕暮れの街へと続く下り坂” が思い浮かぶだろう。手が冷えるなら季節は晩秋から冬にかけてのことだ。もし彼から遠方への進学や就職を告げられるとすれば、きっとこの頃の出来事になる。

だが見送られる彼の目線からすると、その坂道はよく晴れた昼間の “青空に向かって真直ぐ伸びる上り坂” のように思えてくる。目の前には司馬遼太郎の『坂の上の雲』の如き青雲を見据えているのだろう。

新天地に赴く春に別れは付きものだ。早春の冷気もきっと彼女の手を冷やすことだろう。何より明るい曲調が後者の見方を後押しする… それを考えると、聴いた人の一人一人の想像力を掻き立てるこの楽曲は、ある意味罪作りな一面を持っている。

何も言えずにいつまでも手を振って見送る作中の主人公は、あまりにも切なく愛おしい。

“自分のことはどうか気にしないで、この痛みはいつか薄れるから…”
“夢を追いかけるあなたが好きだから、遠くにいてもそれが叶うことを信じている…”

… とは、何という健気さだろうか! これだから彼女のパーソナルイメージも相まって、大量のこじらせ男子が発生したことは想像に難くない。そしておそらくはその最たるものが、彼女の元夫である元プロ野球選手で、現在は参議院議員を務めている石井浩郎氏であろう。この楽曲を耳にしたことがきっかけで彼女のファンとなり、交際から結婚へと至ったが、やがて離婚。その際に語ったとされる「人魚と思ったら、ホオジロザメだった」との泣き言とも取れるような言葉には、彼の球歴を知るファンとしては大いに失望したものだ。

ソロデビュー35周年、急性白血病との闘い、そして復帰へ


実は岡村孝子さんは2019年4月から約1年余りもの間、急性白血病を罹患して音楽活動を休養されていた。ちょうど競泳の池江璃花子選手が白血病の治療で休養されていた時期にも近い。彼女も同様に無事に治療を終え、ようやく最近になって度々メディアにも登場する機会が増え、闘病生活を振り返りながら語る姿を目にするようになった。

まだ二十歳になったばかりの池江さんが、世代的にこの曲に馴染みがあるとは思えないが、アスリートの中にはこの楽曲から力をもらったという選手は少なくないと思う。目指すものがあるからこそ、個々の物語は一層育まれるものである。

昨年10月に彼女はソロデビューから35周年を迎えた。これを記念して今後ファンからのリクエストによるベストコレクションアルバムをリリースする予定で、現在はその準備に入っているとのことだ。彼女が再び音楽活動を再開できることを心から祝いたいと思う。長い間リスナーであった僕らは、彼女の透明感のある歌声と楽曲に幾度となく励まされてきた。きっと今度は僕らの方が彼女を応援する番かも知れない。



2021.01.18
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  YouTube / SonyMusic
 

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カタリベ
1965年生まれ
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