7月1日

遊佐未森ヒストリー:滞在期間中の嬉しい偶然、ジェイン・シベリーのロンドン公演

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photo:SonyMusic  

遊佐未森の2ndアルバム『空耳の丘』のミックスダウンのために、ロンドンに滞在したのは1988年7月27日から8月4日です。

前述した通り、スタジオは Westside Studios。標準的な機能を備えた、大小ふたつのスタジオがあったと思います。我々はミックスだけなので小さい方。隣の大きなスタジオでは、谷村新司さんの、たしかロンドン交響楽団とともに作っていたアルバムのセッションが行われていました。まったくご挨拶もしませんでしたが。それは二三日で終わり、今度は “Animal Logic” のセッションが始まりました。

ある時トイレで小用を足していると、左隣にやたら背の高い人がやってきました。思わず見上げると、スチュワート・コープランド(Stewart Copeland)ではありませんか。そう、元 “The Police” のドラマーです。“Animal Logic” はコープランドがポリス解散後に、ベースのスタンリー・クラーク(Stanley Clarke)、シンガーソングライターのデボラ・ホーランド(Deborah Holland)と結成したバンドで、この時、そのデビューアルバムを制作していたのでした。

大好きなドラマーでしたから、会えて嬉しかったですが、小用をしながら声を掛けるのも憚られ、一言も交わさずじまい。“連れションをした仲” という事実が、ささやかな思い出です。

もうひとつの嬉しい偶然が、ちょうど滞在期間中にジェイン・シベリー(Jane Siberry)のコンサートツアーのロンドン公演があったこと。

遊佐のデビュー前のデモテープを聴いたとき、“和風のケイト・ブッシュ” という感想を持ったと以前書きましたが(参照:「和風テイストのケイト・ブッシュ? 遊佐未森との出会い」)、彼女自身そしてプロデューサーの外間隆史くんも、ケイト・ブッシュは大好きですが、より心酔していたのはカナダのシンガーソングライター、ジェイン・シベリーでした。まぁ音楽性は近いのですが、ケイト・ブッシュよりも、ジェインのほうがやや “のどか” な感じかな。

ある朝、ホテルのロビーでロンドンの情報誌「Time Out」を眺めていた外間くんが「あ」と声を出しました。ジェインのライブの情報を見つけたのです。

「こりゃ行かなきゃ」となったのですが、たしか、通常ルートで調べると、チケットがあと2枚しかない、ということだったと記憶しています。「じゃあ、僕はいいから二人で行ってきなよ」と私は一旦あきらめたのですが、エンジニアのナイジェル・ウォーカーのマネジメント担当で、とても仕事ができて頼りになるパティ・ノルダーという女性が掛け合ってくれたら、無事に私の分もチケットがとれました。

そのライブは『The Walking』(1988)というジェインの4thアルバムのプロモーションのためのワールドツアーの一環で、会場は『ICA』といういわゆる芸術文化センター的な、キャパ300人くらいの、小ぶりだけれど、ステキな空間でした。

ここでまたまた偶然。ロビーで、ミュージシャンの高橋鮎生くんと出会いました。なんと、わざわざジェインのライブを観るために、シベリア鉄道経由でやってきたとのことでした。その時は「へー」なんて言いつつもたいして気に止めませんでしたが、考えてみるとすごいことですね…。

ライブはめちゃくちゃよかった。『The Walking』がワーナーのリプライズからの第1弾で、彼女にとっての初の世界リリース、初のワールドツアーでしたから、レコード会社のサポートもしっかりあったと思われ、ドラム、ベース、ギター、キーボードというリズム隊の他、2人の女性コーラスまで配した充実の編成で、もちろんジェインの歌唱はテクニックも存在感も圧倒的で、レコードの音世界を遥かに上回る理想的なパフォーマンスを堪能させてくれました。

このジェイン・シベリー、遊佐と外間くんにとってはこの後もずっと重要人物であり続けます。遊佐の3rdアルバムではカナダのトロントに飛んで、ジェインの『The Walking』のエンジニアであるジョン・ナズレンにミックスダウンを依頼し、ジェイン本人とも遂に対面しました。その後、1999~2003年の外間くんのいくつかのソロ・アルバムでは、度々ジェインをゲストヴォーカルに迎えています。

時をぐっと下って、今年2019年1月、15年ぶりに来日したジェインは目白の『ゆうど』というスペースで3日間ライブをやった後、7日に荻窪の小さなライブハウス『Terra』で、遊佐や外間くんも参加して、パーティライブを行いました。

彼女の80年代~90年代前半のアルバム群は、ポップさとアヴァンギャルドさがほどよく共存して、それこそケイト・ブッシュに勝るとも劣らないすばらしいクオリティなのですが、商業的には大きな成功を収められませんでした。売れてなんぼの世界に疲れたのか、ジェインはその後大きなレーベルとの契約も辞め、音楽的にも内面的でスピリチュアルな傾向が強くなり、ヒットやポップといった世界からはどんどん遠ざかっていきました。

だけど、前述の最新ライブで、久々に観て聴いたジェインの歌は、やはりとてもよかった。実力からすれば、もっと売れたり注目されるべきアーティストです。歴史のメインストリームからはずれた細い路地端で、ひっそりと咲いている美しい花を、見落とさないようにしたいものです。

2019.05.19
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  Apple Music


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カタリベ
1954年生まれ
福岡智彦
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