むかし、鎌倉に丘サーファーありけり。赤いファミリアのダッシュボードに椰子の木、ゴッデスのシャツにビーチサンダル、焼けた素肌にロン毛、音楽はビーチボーイズのサーファーガール、もちろん、サーフィンは出来ない。
80年代に原宿で「セーラーズ」というブランドが大流行したが、同時期、丘サーファーの間でも「シードック」という湘南発祥のトレーナーがブームを巻き起こした。「シードック」は丘サーファーにとって必須のアイテムであり、車にそのステッカーを貼っていなければ、それはもう「正式な丘サーファー」として認めてもらえないくらい彼らにとっては重要なアイテムであった。
ーーシードックの名誉の為に補足するが、本当のサーファーの間でも流行っていたし、今でもファンは多いーー
小生がバイトしていたガソリンスタンドの隣にもシードックの出店があり、コンガリ焼けたナイスバディなサーファーのお姉さん店員たちが働いていた。
横から見ていたのだが、商品を買い求める客と、お姉さん目当ての客の比率は半々ぐらい。そのお姉さんは、日焼けオイル「コパトーン」の香りがするホンダの白いシティに乗っており、車の具合が悪くなると隣のスタンドに修理を依頼してきた。
繰り返しになるが、その隣のスタンドで働いていたのが小生である。
私はちょっとした修理なら無料で行い、お姉さんからの好感度を日々上げていた。別段それがどうしたという事ではないのだが、お姉さん目当ての客を尻目に、お礼のアイスキャンディーなどを差し入れしてもらい、近しく話をしているとちょっとした優越感があったものだ。
ある日、お姉さんにお使いを頼まれて隣の駅まで出かけることになった。ガソリン代が掛かるので自分のシティを使ってくれと言われ、その通りにした。
サーファーガールというのは、几帳面な性格をしていてはダメなのである。カセットテープなどは助手席に散乱させておいて、たまたま手に取ったやつをデッキに押し込まなければならない。
“どんな音楽がかかるかなど細かいことは気にしない” それが海の女の掟である。
普通の感覚だと、名前しか知らない隣のスタンドの店員に自分の車を貸して買い物に行かせることなどあり得ない事だが、「それが何か?」と言うくらい細かいことは気にしないシードックのお姉さんは本物のサーファーガールだった。
夏になり、どこからともなくビーチボーイズの曲が聞こえると、今でもシードックのお姉さんを思い出す。
2016.08.05
YouTube / Gabrielle Marie
Information