ポップスとしては規格外の長さ、小泉今日子「夏のタイムマシーン」
小泉今日子の曲… というと、「艶姿ナミダ娘」(1983年)「ヤマトナデシコ七変化」(1984年)「なんてったってアイドル」(1985年)といったそれまでのアイドル歌謡のメージを覆すような “翔んでる” 曲か、「夜明けのMEW」(1986年)「木枯らしに抱かれて」(1986年)などのしっとりと沁みるバラードのイメージが強いと思う。
けれど僕が、それらの代表曲以上に惹かれている曲が「夏のタイムマシーン」だ。
「夏のタイムマシーン」がリリースされたのは1988年7月。「GOOD MORNING-CALL」(作詞:小泉今日子、作曲:小室哲也)と「怪盗ルビイ」(作詞:和田誠、作曲:小泉今日子の主演映画『怪盗ルビイ』の主題歌)に挟まれた形になっているけれど、通常のシングル盤の形ではなく、この当時脚光を浴びつつあったマキシシングル(45回転の30センチ盤)のフォーマットで発売されている。ただし、レコード会社のカテゴリーとしては3曲が収録されたミニアルバムということになっているようで、そのため彼女のレパートリーのなかでは、ちょっと特殊なポジションに置かれている作品と言えるかもしれない。
当然だけれど30センチ盤を使っているミニアルバムは収録時間も、おそらく最大6分程度の通常のシングル盤よりはるかに長い。そして「夏のタイムマシーン」は、その収容時間の長さを生かした9分43秒という、ポップス曲としては規格外の長い曲になっている。
制作陣が、ミニアルバムというファーマットにあわせて長時間曲にトライしたのか、それともこれだけの大作が出来た結果としてミニアルバムというファーマットを選んだのかは知らない。けれど「夏のタイムマシーン」は、常にそれまでの常識にとらわれずに大胆なチャレンジを行ってきた小泉今日子ならではの、極めて魅力的な作品になっていると思う。
田口俊×筒美京平の挑戦? マキシシングルでリリースした狙いとは
マキシシングル、ミニアルバムは、80年代後期のいわゆるリミックスブームとともに脚光を浴びたフォーマットだった。だからこのスタイルでリリースされるのは、いわゆるヒット曲のリミックスバージョンだったり、デジタルビートのダンスナンバーが多かったそれとはまったく違っていた。
サウンド面ではデジタルポップが取り入れられているが、大袈裟なサウンドで意表を突こうともしていないし、奇を衒った歌詞で驚かそうという作品でもない。
そうではなく、「夏のタイムマシーン」は歌謡ポップスというスタイルのままで、その作品性を深化させるという課題にチャレンジした楽曲なのだと思う。
なにより作詞:田口俊、作曲:筒美京平という作家陣は、まさに80年代歌謡ポップスの象徴的存在てであり、もしここで新機軸を打ち出そうとするのであれば、おそらくこの作家陣は起用されなかっただろう。
この曲を聴いていると、メロディアスな歌謡ポップスの感触を楽しんでいるうちに、気がついたら自分がスケールの大きな “時の物語” を体感しているような気がしてくる。そんな奥行のある立体感が、曲が終わった後も余韻として残るのだ。
これはまったくの想像だけれど、筒美京平も田口俊も、歌謡ポップスの本質を崩さずに10分近い作品としてなにが表現できるか、というテーマを意識してこの作品をつくりあげたのではないかと思う。
楽曲面でも、楽曲の構成はやや複雑だけれど、出てくるメロディーはどれも耳触りがよく魅力的だ。だから聴いていて違和感が無くしかも飽きない。むしろさらっと10分弱が過ぎてしまうという印象なのだ。
現在の主人公が、過去と未来の自分に送るメッセージ
歌詞も聴き手のイマジネーションを程よく刺激する。この曲はラブソングではなく、現在の主人公が過去の自分と未来の自分にメッセージを送るというスタイルで、少女が成長してゆく姿をその内面から描いた作品と言っていいと思う。もちろん中心にあるのは今の主人公の想いだ。けれど、その想いを過去と未来に飛ばすことで、この曲はスケールの大きな時間軸と自分の人生をしっかり生きて行こうとする強い意志を聴き手に感じさせる。だから聴いていると、自分の過去と未来にも想いを馳せることになるのだ。
その意味で「夏のタイムマシーン」というタイトルにも出てくる “タイムマシーン” というキーワードが、この曲のスケール感とドラマ性を見事に象徴していると思う。このワードを使った作詞センスはさすがだと思う。
けっして大袈裟な組曲でもない、さり気ないポップスなのに聴き手に “長い人生のドラマ” を思い起こさせる。それこそが「夏のタイムマシーン」の素晴らしさなのだと思う。
そしてなによりも声を大にしなければいけないのが、この曲を歌う小泉今日子から、可愛らしさとともにまっすぐに自分を貫こうとする凛凛しさがストレートに伝わってくることだ。
歌は、必ずしも朗々と歌い上げればいいというものじゃない。小泉今日子のこの歌い方だからこそ「夏のタイムマシーン」はこんなに響いてくるのだ。
ちなみに「夏のタイムマシーン」のB面には、これも8分08秒の「Live On Saturday Night」(作詞:田口俊、作曲:筒美京平)と「快力!ヨーデル娘」(作詞:秋山道男、作曲:細野晴臣)が収録されている。
【編集部より】
小泉今日子デビュー40周年記念して『夏のタイムマシーン』が蘇ります。
34年という時を経て制作されたリエディテッドバージョン『夏のタイムマシーン 1982-2022』が現在デジタル配信中です。
コーラスアレンジとコーラスは、鈴木祥子、リミックスはGoh Hotodaが担当。小泉自身の現在の声とオリジナルがリリースされた1988年当時の声が交差し、時を超え大人になった小泉今日子が16歳の自分に語りかけるというスタイルで独特な世界観を醸し出しています。ぜひ、オリジナルと聴き比べ、この楽曲の普遍性を感じ取ってください。
40周年☆小泉今日子!
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2022.03.13