10月21日

ビリー・ジョエルやスプリングスティーン… 洋楽アーティストの様々な宣伝販促物

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ビリー・ジョエルのシングル「今宵はフォーエバー」が日本でリリースされた日
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洋楽ディレクターの仕事、それは「マーケティング&プロモーション」


洋楽ディレクターの仕事とは「どうやってそのアーティストの人気をつくって、その作品を沢山売るか」を考える事。つまり「マーケティング&プロモーションの戦略と戦術を立案する」という事になります。

また、アーティスト不在の洋楽においては、ディレクターから発信される情報とエネルギーが全ての源。第一の業務である商品制作以外にも宣伝及び営業資料、そして販促物に至るまで、自分のパッションを文字に落とし込んだ資料や制作物をつくる必要があるのです。

現役のディレクター時代、プロモーション資料から販促物に至るまで制作した沢山の印刷物。その中で特にアーティストへの思い入れも強く、魂込めて作った制作物にまつわる想い出深いエピソードを紹介します。

ビリー・ジョエルの販促物は気合の入ったグリーティングカード


1983年、ビリー・ジョエルのアルバム『イノセント・マン』が発売されました。日本における2枚目のシングルカットは、原題の「This Night」に「今宵はフォーエバー」と副題を付けた、べートーベンの「悲愴」をモチーフにした大好きなトラック。タイトル通り、夜空のマンハッタンを背景に歌うビリーの姿が浮かびます。来日記念盤でもあったし、この曲のヒットでさらなるアルバムの拡売を狙う予定です。

時代的にAM / FMラジオがヒットをつくっていました。プロモーションのスタート日にあわせて、サンプル盤が納品されます。この同じタイミングに販促物も間に合わせないといけません。そこで、こういう気合が入ったものを制作したのです。

それは四角い厚紙の見開きグリーティングカードで、シングル盤と全く同じサイズ。二つ折を開くと、マンハッタンの夜景とピアノを弾いているビリーの姿が飛び出てくるという凝ったものでした。もちろん全てイラストですが、ビリーやピアノだけでなく、ビル群も奥行があり立体的に作られています。

スタッフ総出の徹夜作業、クリスティ・ブリンクリーも大喜び!


いわゆる “3Dカード” ですが、実はこの納品までに一苦労どころか二苦労ほどありました。もとから制作工程がややこしく時間かかるものでしたので、私は代理店の営業マンと結構早めに打ち合わせをスタートさせ、彼は彼で印刷会社と綿密にやり取りしていたはずです。納品期日厳守で毎日の様に進行チェックし、くどく言っていたのにも拘わらず、納期の数日前に「絶望的に無理です」と泣きがはいったのです。

開いたら飛び出すしくみは、細かく複雑な折の手作業です。印刷会社もこの手作業は下請けに発注していたのですが、関係者全員この作業の手間と時間のヨミが甘かったという次第です。あれだけ確認していたのに… とはいえ、こちらは怒っている場合ではありません。プロモ-ション計画は予定通りです。納期がずれるわけにはいかないのです。

それでは間に合わせるために “どうしたか” ですが、作業員の緊急出動です。印刷会社は当然ですが、私とデザイナーそして代理店営業マンの3人を含めて全員が予定を急遽変更し、7~8人で下請けの作業場所に乗り込み、一晩かけて折りあげて 3Dカードを完成させました。さすがに本来の複雑かつ丁寧な折り方は、時間の関係であきらめざるを得なかったのですが、それなりに満足できるものになりました。

この “3Dカード付サンプル盤” を来日時、ビリー本人に渡したのですが、同行してきた妻のクリスティ・ブリンクリー共々、殊の外喜んでくれました。沢山欲しがられましたけど、数にも限りがあり20枚ほどプレゼントしました。朝までの手折り作業は随分と苦労しましたが、彼等の笑顔がいい想い出になりました。

自己満足以外の何ものでもありませんが、アイデアとそのインパクトも、自分が作ってきた制作物史上では最高に満足するものです。これは記念に今でも一枚保存しています。

ブルース・スプリングスティーンの販促物でトラブル勃発!


これとは逆に、アーティストのマネージメントから叱られた例もあります。

それはブルース・スプリングスティーンの初来日時の会場、代々木オリンピック体育館での出来事。ブルースに関しては、そのカリスマ的人気もあり、世界中でそのブートレグや偽マーチャンダイジングの問題を引き起こしていました。それだけに、マネージメントのスタッフはライブ会場の内外で目を光らせていました。特に肖像権を守るために、アメリカツアー中でもライブ写真撮影は極めて制限されていたし、日本公演中にレコード会社の我々が撮ったライブ写真ですら、使用するには彼らの許諾が必要でした。

とはいえ、我々の制作物のうち、販売目的ではなく宣伝用のパンフレットやフライヤーはどう作ろうが、もちろん許諾は必要ありません。そこはレコード会社の裁量でそう判断していましたし、そのことで問題が起きたことはありません。

アルバム『ボーン・イン・ザ・U.S.A.』はディレクター時代に最も力がはいったプロダクツでした。初来日公演への期待も高まっていたし、連続のシングルカットの度に私も気合の入った資料をつくっていました。そして来日直前のものでは、気合を込めて紙資料なのにB3サイズの大判で作成しました。資料と呼ぶには最大の大きさです。

発売以来のアメリカ他全世界での大成功の模様や巨大ツアーのレポート、そしてセットリスト。またジャーナリストによる歌詞解説など盛り込み、ブルースの音楽の魅力を伝えようと、読み物としても結構充実した内容に仕上げたのです。

あろうことか、プロモーション用の写真が購入者特典のパネルに!


裏面はどうしたか… と言うと、モノクロですが全面に彼のライブ姿を印刷。紙もやや厚め。片面の資料部分を見ない限りB3サイズのちょっとしたミニ・ポスターとも言えるものでした。大きさのインパクト、デザインの秀逸さ、その内容にも自信はあったのですが、これがなんとパネルになって、コンサート会場でのレコード即売のプレゼントに使われていたのです。

マネージャー、ジョン・ランダウの右腕の女史が即売場でパネルを手に怖い表情をして仁王立ちしていました。私は彼らに KIKU(キク)と呼ばれていたのですが、「キク、なんなのこれ? こんなの OK 出してない。やめさせなさい!」ときつく詰め寄られました。

最初、私も “これ” がなんだか全く分かりません。頭真っ白でしたが、ようやく理解。実はこの資料、お店のバイヤーさんに読んでもらいたいという願いから、営業部にも大量に渡していたものでした。ところが、あろうことか、これが写真パネルに変身して “購入者特典” になっていたのです。つまりプロモーション資料であることを証明する肝心の文字部分は完璧に貼られて隠れています。これだけ見れば、立派なアーティストパネル。しかもご丁寧にB3の大判ですから、ちょっとしたものです。

新譜発売時の、店頭での POP や販促物などは、営業アイテムでも情報共有できていますが、発売から1年近くたった商品でのライブ会場即売でのやり方までは、さすがに関与できません。もちろん事前に相談されたら、止めさせていたはずです。ブルースの熱烈なファン達は高額でも取引するし、彼等を煽るようなものは作りたくなかったのですが、プロモーション資料がまさかの写真パネルへの変身には驚きでした。

肖像権を守るため、厳しい表情で詰め寄るジョン・ランダウの右腕


結構厳しい表情で詰め寄る彼女に、私の説明もしどろもどろ。目の前にあるのは立派な写真パネル。プロモーション資料だと説明しようにも、これがきれいに貼られているので話になりません。もっとも、この全面に使った写真も許諾をもらったものではなかったのですが、それよりも彼女が、このパネルを販売していると思った事が一番の怒りのポイントでした。

LP を何枚か買った人へのプレゼントだということで納得してもらったものの、許可してない写真がパネルになっている事におかんむり。しかし、やめさせようにも実際もうほとんど在庫がゼロになっていたので、彼女もあきらめ許してもらいました。

また、私自身のブルース熱も強いので、彼等には “日本の担当者は勝手に何かしそうだ” と警戒されていました。ブルースに限らず、彼等は来日公演時は必ずレコード店に行き在庫の確認やポスターを貼ってあるのか… などチェックします。ですからこちらも、彼等が行きそうなお店に先回りしてディスプレイをしっかりやってもらっていたのです。

…と、話は少し逸れましたが、洋楽時代の想い出深い制作物のエピソードでした。

2020.02.23
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  YouTube / Billy Joel
 

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カタリベ
1950年生まれ
喜久野俊和
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