希代のヒットメイカー、ビリー・ジョエルの軌跡を再検証
ビリー・ジョエルが来日公演を行う。何と16年ぶりだ。今回は東京ドーム1回限りのライブとなり、ビリーの年齢を考えると最後の来日公演になってもおかしくない。この貴重な来日公演に合わせて、希代のヒットメイカーについて再検証してみよう。
再検証にあたり、『ジャパニーズ・シングル・コレクション -グレイテスト・ヒッツ-』を手に取りながらコラムを進めてみよう。このアルバムは選曲はもちろん、ブックレットまで丁寧に仕上げられた作品で、ビリー・ジョエルのビギナーからベテランまで大満足の作品と言える。なんと、DVDも附属されていて、主なビデオクリップからライブ映像まで収録された大盤振る舞いの一家に1枚コレクションすべき作品となっている。
さて、前回の
最後の来日公演?希代のヒットメイカー【ビリー・ジョエル】のキャリアを振り返る ①では、8枚目のアルバム『ナイロン・カーテン』までの収録曲について語ってみたが、今回はリマインダー読者なら超大好きという方も多いはず、アルバム『イノセント・マン』から語ってみよう!
ポップマエストロの面目躍如、「イノセント・マン」からヒット曲を連発
メッセージ性の強い『ナイロン・カーテン』から、ビリーが次に向かった先は、古典的なロックンロールやポップソングの楽しさを大爆発させたアルバム『イノセント・マン』だった。ここからは、以下の7曲が選ばれている。
「あの娘にアタック」
「ジス・ナイト~今宵はフォーエバー」
「アップタウン・ガール」
「イノセント・マン」
「ロンゲスト・タイム」
「夜空のモーメント」
「キーピン・ザ・フェイス」
本コンピレーションへの収録曲数としては最多であり、それだけヒット曲を連発できたアルバムであることが伺える。どの曲も最高にご機嫌なポップナンバーで、ビリー・ジョエルが本気になるととんでもないポップチューンを量産できるのだと唸らされるばかりだ。
このアルバムからは特大のシングルヒットも出て、「あの娘にアタック」は米ビルボードのシングルチャートでもナンバーワンを獲得。「アップタウン・ガール」は英国のシングルチャートでナンバーワンを獲得している。
キャリアを総括した初めてのベスト盤「ビリー・ザ・ベスト」
アルバム『イノセント・マン』でポップソングを極めたところで、ビリー・ジョエルはこれまでのキャリアを総括した印象のベスト盤『ビリー・ザ・ベスト』をリリースする。
アナログ2枚組でリリースされ、主なシングルヒットが網羅されたベスト盤は、世界中で大ヒットを記録した。ここには新曲も収録され、シングルヒットを記録している。収録曲は以下の2曲だ。
「オンリー・ヒューマン」
「ナイト・イズ・スティル・ヤング」
シングルとしても全米第9位のヒットになった「オンリー・ヒューマン」は明るく楽しい曲調なのだが、実は自殺をテーマにした楽曲らしい。
「死を選択する前に一度考えてみよう。人生でうまくいかないことはたくさんある。でも、再びチャンスがやってくるんだよ」
―― と歌っている。また、サウンド的にも80年代中期を迎えて、シンセサイザーの音色を取り入れるなどの新機軸も感じられる楽曲だ。
ソビエトでのライブでビートルズの「バック・イン・ザ・USSR」をカバー
ベスト盤のリリース後、ビリー・ジョエルは再びロックのゴツゴツした響きを取り戻していく。ロックスピリット満載で作られたアルバム『ザ・ブリッジ』からは、以下の4曲がシングルカットされている。
「モダン・ウーマン」
「マター・オブ・トラスト」
「ディス・イズ・ザ・ナイト」
「ベイビー・グランド」
この中で当時のビリーを象徴する楽曲は「マター・オブ・トラスト」だろう。ノイジーと言っても差し支えないエレクトリックギターが鳴り響き、それまでのキャリアの中でも最もゴツゴツしたロックを鳴らしている。そして、この音像からはピアノマンの面影は全く聴くことができない。
今まで築き上げたピアノマンのイメージを覆してでも表現しなければならないビリー・ジョエルのロック魂を感じさせる一曲だ。ロックを選び、自らワイルドサイドを歩む姿には、ビリーの生き様を感じるし、そんなところにグッときてしまうナンバーなのだ。
続いてリリースされたアルバムはライブ盤の『コンツェルト -ライブ・イン・U.S.S.R.-』から「バック・イン・ザ・U.S.S.R.」が選曲されている。言わずと知れたビートルズのヒットナンバーで、ソングライティングはポール・マッカートニーが手掛けた楽曲だ。ビリーはこのライブにおいて、原曲に忠実なアレンジでカバーしている。
この曲をカバーした理由として、単純に「ソビエトに帰ってきたぜ!」という歌詞でライブを盛り上げる狙いがあったことは事実だろう。でも、それだけの理由ではないように私は感じる。ポール・マッカートニーは紛れもなくビートルズのサニーサイドを担うアーティストでありながらも、本曲のようなロックンロール・ナンバーもお手の物だ。そうした相反する二面性を持ったポールへの憧れはハンパないものだと感じるのだ。ポップソングから硬派なロックナンバーまで歌いこなせるアーティスト像こそビリーが目指しているもので、そうした指向性を考えるとポール作の本曲をカバーした理由も納得できると考えるのだが、いかがだろうか?
再びロックンローラーを目指したビリー・ジョエル
続くアルバム『ストーム・フロント』もロックなアプローチが続けられる。ここからのナンバーは5曲も収録されている。
「ハートにファイア」
「愛はイクストリーム」
「ザ・ダウンイースター “アレクサ”」
「(ザッツ)ノット・ハー・スタイル」
「アンド・ソー・イット・ゴーズ(そして今は…)」
本作では、長年のプロデューサーであるフィル・ラモーンとのコンビを解消し、フォリナーのミック・ジョーンズをプロデューサーに迎えている。彼の起用により、80年代のハードロックにも引けを取らない力強いサウンドを実現。その結果、ビリーにとって、3作目となる全米1位を獲得した。
ここからのファーストシングルとして大ヒットしたのが「ハートにファイア」だ。ビリーが生まれた1949年からの政治的な出来事とロックヒストリーの重要事項が列挙される歌詞なのだが、ヴァースで歌われる「その運動を俺たちが始めたわけではない。それはずっと燃え続けてきたことだ。そして、その火はいつまでも燃え続けるだろう」と歌われる。そして、曲の最後では「ロックンローラーのコーラ戦争、もうこれ以上我慢できないぜ」と当時のロックスターたちが、こぞってコーラのCMに出演しているショウビズ的な現状に対して自らの苛立ちをブチ上げており、ここでもわんぱくビリーの本領が発揮されているのだ。
レイドバックしたアルバム「リヴァー・オブ・ドリームス」
80年代後半という世界情勢が目まぐるしく変わる時代をロックンロールという武器で乗り切ったビリー・ジョエルは、90年代に入ってからソウルをモチーフにしつつ、ロックやポップなテイストのナンバーを落ち着いた曲調やアレンジで表現したアルバム『リヴァー・オブ・ドリームス』を発表する。本作からは3曲が選ばれている。
「ザ・リヴァー・オブ・ドリームス」
「君が教えてくれるすべてのこと」
「眠りつく君へ」
最初にリリースされた「ザ・リヴァー・オブ・ドリームス」は前述したとおりソウルフルなナンバーで英米でも大ヒット。こうした落ち着いた、ある意味、レイドバックした作品となった背景には、リリース当時のビリーが44歳という年齢になり、落ち着いた作風を求めたこともあったのだろう。そして、そうした作風を作り上げるために70年代からアメリカンロックを支え続けた名バイプレイヤーであるダニー・コーチマーをプロデューサーに迎えたことも大きく関係していると考えられる。
そして、本コンピレーションアルバム『ジャパニーズ・シングル・コレクション -グレイテスト・ヒッツ-』は1993年リリースの「眠りつく君へ」で幕を閉じる。
新曲を作らなくなったビリー・ジョエル
現在のビリー・ジョエルは「眠りつく君へ」が収録された『リヴァー・オブ・ドリームス』を最後にロック/ポップ系のボーカルアルバムを1枚もリリースせず、レコーディング・アーティストとしては引退状態にある。30年という歳月は、アルバムを5〜10枚くらいはリリースしてもいいような長い年月であり、何なら今回のベスト盤がCDもう1枚プラスになっても良いようなものなのだが、ビリーは「そろそろ曲を書くのをやめる時が来たような気がした。モチベーションがなかった。良い新しい音楽を作るにはインスピレーションが必要で、それがないのなら悩む必要はない。単調な繰り返しはやらない」とまで語っている。
ビリー・ジョエルは天才ではない、苦悩するポップミュージックの匠
こうした発言からもビリー・ジョエルは天才ソングライターではなく、悩みに悩んで、考え抜いて、自分の中からメロディーを絞り出していたソングライターだったのではないだろうか? よく、メロディーが降ってくる… なんて言うソングライターもいるが、ビリーはそうしたタイプの人ではなかったのだろう。
そう考えるとビリーは、悩み多き苦悩するソングライターだったように感じられる。そして、悩み考える男としてのビリーの創作を見てみると、ポップなアルバムとロックなアルバムの制作が頻繁に繰り返される。こうした振り幅の大きなローテーションからは、「オレが作りたい音楽は、今やっているものとは違う。オレが目指すものはここではない」という常に新しい自分を追い求め、現状に満足できない生真面目さを強く感じる。
当然、こうした創作はエネルギーを使うし、常にフラストレーションを伴っていることは間違いないだろう。ビリー・ジョエルは、そのフラストレーションをバネにロック/ポップの歴史に残る名曲を数多く残してきた。そう思うと『ジャパニーズ・シングル・コレクション -グレイテスト・ヒッツ-』はただただ楽しいベスト盤ではなく、希代のヒットメイカーが悩み、考え、身を削って生み出した努力の結晶として聴くことができるだろう。
ビリー・ジョエルが残した底抜けにポップでご機嫌なロックンロールは、骨の折れる仕事の末に完成した大衆音楽の匠による最高峰と断言したい。
ジャパニーズ・シングル・コレクション - グレイテスト・ヒッツ<2CD+DVD>
https://www.110107.com/s/oto/page/BillyJoel_JSC?ima=5011
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2023.11.09