10月17日

誰よりもブルース・スプリングスティーン自身が抱えていた “満たされない心”

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ブルース・スプリングスティーンのアルバム「ザ・リバー」が米国でリリースされた日
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Bruce Springsteen / The River


ブルース・スプリングスティーン「The River」は好きなアルバムじゃないが…


ブルース・スプリングスティーンの『The River』も、1980年の重要アルバムのひとつでしょう。彼にとって初めてのビルボードNo.1。2枚組ながら、アルバム売上は、前作『Darkness on the Edge of Town(闇に吠える街)』(1978)、前々作『Born to Run(明日なき暴走)』(1975)がざっと100万枚(当時)だったのに対し、約200万枚(当時)と倍増しました。シングルカットした「Hungry Heart」も初のトップ10(5位)にランクインしました。しかもここがピークではなく、内省的な『Nebraska』(1982)を挟んだあと、『Born in the U.S.A.』(1984)で大爆発するのはご存知の通りです。

しかし、身も蓋もなくて申し訳ないですが、私は『The River』も『Born in the U.S.A.』もあまり好きじゃありません。「Hungry Heart」は歌唱もサウンドも思いっ切りがよくて、清々しくて、当時は好きでしたが、『Born in the U.S.A.』のタイトル曲ははっきり言ってキライです。このアルバムで好きなのは「Bobby Jean」だけ。

でも、それ以前の作品は好きなんです。1st『Greetings from Asbury Park(アズベリー・パークからの挨拶)』(1973)はまだスタイルが確立しきってないけど、2nd『The Wild, the Innocent & the E Street Shuffle(青春の叫び)』(1973)、そして前述の3rd『明日なき暴走』、4th『闇に吠える街』は、いずれも素晴らしいアルバムだと思っています。ロックンロールとリズム&ブルース、そしてボブ・ディランを正しく踏まえながら、スプリングスティーン流の新しいロックをつくりあげました。



ただ、新しさを装ってはいなかったため、新しいことに気づかない人も多かったんじゃないでしょうか。なんせ時代は70年代後半。シンセサイザーの登場、レコーディング機材の発展、パンク、ニューウェイブ、ディスコなどの新ジャンルの台頭など、まさに、いかにも “新しい顔をした” 音楽が次々と登場して、音楽市場はお祭り状態でした。

そんな中にあっては、スプリングスティーンの音楽は地味とも言えるほど実直でストレートに感じられるものでしたが、かと言って、けっして従来のポップミュージックメソッドの踏襲には終わらず、少し聴き込めば、それまでありそうで実はなかったものであることに気づかされるのです。そしてスプリングスティーン以降は、彼のスタイルがロックの一つの基本となっていったように思います。

たとえば、佐野元春の音楽は、スプリングスティーンがいなければ決して生まれなかったと思います。彼は日本にロックの市場を初めてちゃんとつくった開拓者だと思っていますし、高いカリスマ性を備えた、優れたパフォーマーではありますが、その歌唱やサウンドは、往年のロックンロールやリズム&ブルースに直接範をとったのではなく、明らかにスプリングスティーンから強い影響を受けています。彼の初期アルバムは、おそらく『青春の叫び』のような作品にしたかったに違いありません。ロックビートへの日本語歌詞の乗せ方において、彼はたしかにオリジネイターですが、スプリングスティーンがいなかったら、彼の音楽はまったく違った形になっていたかもしれません。

レッド・ツェッペリンがブルース系ハードロックの規範であったように、ブルース・スプリングスティーンは、(「フォークロック」というジャンルは既に終わっていましたが)フォーク系ロックの規範となったと言えるのではないでしょうか。



曲のつくりかたの変化


中でも『Born to Run(明日なき暴走)』は特に、「Thunder Road」やタイトル曲「Born to Run」など、一曲の中にスリリングな起伏がいくつも訪れ、実にドラマチックなところが大好きです。こういう方向性でこのクオリティにまで達したロックは他にはないんじゃないでしょうか。“The Who” などもドラマチックな曲づくりに挑戦していましたが、この域には遠く及んでないと思うし、プログレなどはそもそも発想が違います。

ところが、『The River』あたりから、そのようなドラマ性が取り払われていきます。「Hungry Heart」は循環する4つのコードがイントロもAメロもサビも、間奏が転調して1音半上がるだけで、他は最初から最後まで繰り返すだけのシンプルな構造。私など途中で飽きてしまうんですが、これが前述のように、スプリングスティーン初のシングルヒットとなりました。このヒットに味をしめてということではないと思うんですが、こういうほうが多くの人に分かってもらえると判断したか、あるいは、『闇に吠える街』からメインプロデューサーとなったジョン・ランドー(Jon Landau)の意見か、ともかくこのアルバム以降、単純な曲が多くなっていきます。

「Born in the U.S.A.」なんてその究極です。コードはBとEの2つだけ、メロディラインなど基本的に1パターンで押し通しています。ファンクのようにグルーヴ命な音楽ならいいんでしょうが、ロックでこれは、私には魅力ありません。ところがやはりこれもヒット。他も単純な曲ばかりのアルバム『Born in the U.S.A.』は米国だけでも1500万枚、全世界では3000万枚と、桁違いの売れ行きでした。

音響の観点から見ても、『The River』はなんだか音がよくない。このアルバムは所謂「Wall of Sound」、フィル・スペクターが考案した「音の壁」的サウンドを志向して、深いリバーブで広がりを重視した音なんですが、それが逆に災いして、歌唱や個々の楽器の手触り感がなく、全体が一様に奥まったように聴こえます。クレジットを見てみると、『明日なき暴走』と『闇に吠える街』のレコーディングエンジニアはジミー・アイオヴィン(Jimmy Iovine)で、『The River』は録音がニール・ドーフスマン(Neil Dorfsman)、ミキシングはチャック・プロトキン(Chuck Plotkin)とトビー・スコット(Toby Scott)。

なぜエンジニアを変更したのかは分かりませんが、それが裏目に出た、と私は思います。そもそもスプリングスティーンは音質についてはあまり気にしてないのかもしれません。『Nebraska』なんてカセット音源ですからね。『Born in the U.S.A.』はミキシングを名手ボブ・クリアマウンテン(Bob Clearmountain)に依頼したので、ふつうに音はいいですが。

勝因は歌詞のパワー?


それらの、(私から見れば)マイナス要因にも拘らず、レコードの売上は急騰しました。理由として考えられるのは、一つは、やはり多くの人々はつくりこんだ味わい深いものよりも、分かりやすく単純なもののほうを好むのだろうということ。もう一つは歌詞でしょう。

「Hungry Heart」で連呼される「Everybody’s got a hungry heart」。「誰もが満たされない心を抱えている」という意味ですが、そういう感覚は日本人を含め、人類共通のものであると同時に、米国社会に暮らす人々には、さらに言外のいろんなニュアンスを感じるフレーズなのかもしれません。

詩とは言葉を限界まで研ぎ澄ませてつくるものですから、直接的な意味だけではなく、その言語で生活している人じゃないと分かりにくい、言葉のニュアンスや深みや広がりが重要だと思っています(だから私には英語の歌詞の良し悪しはよく分かりません…)。

逆に「Born in the U.S.A.」の歌詞は、ベトナム帰還兵の苦悶について語っているのに、「米国で生まれた」ことを誇りに思うという、右翼的なニュアンスだけが独り歩きしてしまい、時の(1984年)大統領選挙で、共和党のロナルド・レーガン陣営のキャンペーンに利用されたという話は有名ですね。

いずれにせよ、デビューの頃、よくボブ・ディランと比較されたスプリングスティーンだけあって、その歌詞のメッセージは、誤解も含めて、特に米国民には強く響いたのでしょう。そして、曲の単純化が、さらに言葉を際立たせることに貢献した、と私は考えています。



悩んだ末に生まれたアルバム「The River」


こう考えてくると、『The River』は、もっと大衆に分かりやすい音楽にしたことで売上が倍増し、『Born in the U.S.A.』の大成功の助走となった、というような単純な図式に見えてしまいますが、本人はあれこれ悩みながら試行錯誤していたようです。

当初、『The River』は2枚組ではなく、タイトルも『The Ties That Bind』として、1979年のクリスマス商戦にリリースすべく、10月にはマスタリング(マスター音源に仕上げる最終工程)も行ったのです。ところがその段階で急に、スプリングスティーン自身が発売をキャンセルし、それからまた7ヶ月もスタジオに籠って、新たに数曲をレコーディングしたのだそうです。追加したのは暗めの曲ばかりで、その理由を彼は、「ロックンロールはそれ自体、喜びと幸福に溢れたものだけど、人生は矛盾だらけで、誰もがその中で生きていかなきゃならない。困窮や孤独から目を背けるわけにはいかない」というふうに語っています。



暗い曲を増やして2枚組にするために、クリスマス商戦に背を向ける。常識的には、二重三重に売れにくくしているとしか思えない行為ですが、実際は売上が倍増しました。こんな人、他にいませんよね。そういう誠実な人柄へのリスペクトがレコードの購買意欲につながったのでしょうか。

『Born in the U.S.A.』のスーパースター級の売上のあとも、彼はそれに背を向けるように、80年代の後半から90年代、アルバムで言うと『Tunnel of Love』(1987)から『The Ghost of Tom Joad』(1995)までの4枚は、やはり暗い、内省的な、音楽的にも面白くないアルバムを出し続けました。さすがに売上も少しずつ落ちていきましたが、2002年の『The Rising』からは、吹っ切れたように、初期とはまた違う堂々としたポップなロックを歌い、しっかり復活します。まさか10年単位で自分の見せ方をコントロールしているとは思えませんが、結果的に見事なアーティスト人生を歩んできたように見えます。

『The River』の頃は、実は彼がいちばん悩んでいた、彼自身が大きな“hungry heart”を抱えて、もがいていた時期なのかもしれませんね。

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2022.11.08
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1969年生まれ
ケン
ブルースファンとして興味深く拝見させて頂きました。
The Riverは私にとってはブルースの全アルバムの中で一番好きなアルバムです。音に関しては、「The River Collection」でのインタビューでも語ってましたが、彼自身の意図的なものなので何も問題ないと思います。個人的には彼の作品の中で一番好きな音ですけどね。好みは人それぞれですね。
あと、Born in the U.S.A.以降のトンネル・ヒューマン・ラッキーの3作は人によっては面白くないのかもしれないですが、私にはブルース自身が暗闇のトンネルから抜け出て光を見出して行く過程が凄く感動的で、この期間の作品はThe Riverに負けないくらい好きです。彼自身の誠実なパーソナルな部分が覗ける、重要な期間だと思っています。
2022/11/20 18:50
1
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カタリベ
1954年生まれ
ふくおかとも彦
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