歌うことは好き!YouTube公式チャンネルで歌を披露する宮崎美子
宮崎美子さんといえば、わたしが中学2、3年生のときに視た例のCM。木陰でビキニ姿でジーンズを恥ずかしそうに脱ぐミノルタのCMが、あまりにも、あまりにも、あまりにも鮮烈だった。
個人的には『クイズダービー』での2枠からはじまり、各種クイズ番組や教養バラエティー番組での頭脳明晰さ、CM含めて女優さんとして器用になんでもこなす真面目そうなお姉さん、というイメージがある。
宮崎さんが歌手として八神純子さんの作品「No Return」、松任谷由実さんの作品「夕闇をひとり」、「ためらい」を1981年後半に発表したことは当時雑誌で読んだりラジオで聴いた記憶があるが、それ以外はあまり印象がなかった。積極的なプロモーション活動も記憶にない。
今回、当コラムを書くにあたって調べたところ、アルバムを3枚、シングルを4枚発表しているうえ、最近はYouTubeに『よしよし。【宮崎美子ちゃんねる】』を開設し、ここでも何曲かの歌を披露しており、宮崎さん本人も「歌うことは好き」とYouTubeで語っている。
薬師丸ひろ子さんにも似た清楚で澄んだ声は、色に喩えると、純真無垢でどんな色にも染めることができる “白色” がふさわしい。
宮崎さんは当時24歳。学校を卒業し、社会に出て数年程度、未婚の若い女性を演じるのにちょうど良い頃合いの時期だった。クリスマスケーキ(12月24、25日が一番売れる)と女性の結婚適齢期がシンクロしていた時代だった。
宮崎美子のアルバム「美子」1曲目から杉山清貴&オメガトライブ?
1983年10月発売のアルバム『美子』は、1曲を除いてすべて女性作家が詞を綴った11の楽曲で構成された。タイトルは宮崎美子さんのファーストネーム。清楚な水玉模様のブラウスに身を包み、少し乱れたまとめ髪で薄化粧の宮崎美子さんがこちらを向いて微笑むアルバムジャケットの雰囲気からも、過去に聴いたことがあったユーミンの提供曲からしても、どちらかというと穏やかなサウンドでアイドル的な女優さんが趣味程度にゆったりした歌をかるく歌っているものだと聴くまでは思っていた。聴くまでは。
CDのスタートボタンを押してすぐ、わたしの想定はまんまとひっくり返された。M-1「長い夜」(作詞:三浦徳子 / 作曲:林哲司 / 編曲:林哲司)のサウンドが、本当にそのまんまコーラスまで杉山清貴&オメガトライブなのだ。慌ててクレジットを確認すると確かに林哲司さんの作品で、マイナーでアップテンポの所謂オメガサウンドと宮崎美子さんの清楚で伸びやかな歌声の相性はいい。
林哲司さんは他にもM-6「寒い恋人」(作詞:竜真知子 / 作曲:林哲司 / 編曲:林哲司)、このアルバム中で唯一明かりが見える結末のM-11「私のそばで」(作詞:三浦徳子 / 作曲:林哲司 / 編曲:林哲司)を提供している。林哲司さんが翌年菊池桃子さんでアイドルらしくない曲を書くプロトタイプのひとつが、もしかすると宮崎美子さんだったのかもしれない。
アップトゥデイトなサウンド、編曲は林哲司、新川博、井上堯之
アルバム『美子』は1983年のアップトゥデイトなサウンドでまとめられているが、3人の編曲家でセッションが異なり、サウンドの色合いも変化がある。ひとつは先述の林哲司さんによるオメガ系が3曲。他にはデビューアルバムも担当した新川博さんによる多彩なポップソングが4曲、井上堯之さんによる若干アダルトで落ち着いた1983年型の歌謡曲的なイメージの作品が4曲収められている。
落ち着いた印象の井上堯之さんの編曲作品で目立つのが「そんなヒロシに騙されて」。サザンオールスターズ、高田みづえさん、ジューシィ・フルーツ等が1983年夏に競作した作品だ。サザンと同じビクターレコード所属だった宮崎美子さんが『美子』でカバーした作品だ。
スナックの若いチーママのようにどこか達観したような宮崎美子さんの歌唱と井上堯之さんのUKポップ的な少し変わったリズムの編曲が耳に残る。本作で唯一男性作家(桑田佳祐さん)による詞だが、他の10曲との違和感はさほどない。
谷山浩子も楽曲提供、実はけっこう怖い歌?
作家陣は先述の林哲司さん、井上堯之さんに加えて、篠塚満由美さん作詞・後藤次利さん作曲、新川博さん編曲の作品が2曲。面白いのは谷山浩子さんが提供した2曲だ。「そんなヒロシに騙されて」以外の作詞がすべて女性であることは先述したが、職業作家である三浦徳子さん、竜真知子さん、歌手としてデビュー後作詞家に転身した篠塚満由美さん(その後ものまねタレントとしてブレイク後に歌手活動を再開)の作品ともどこか違うスパイシーさが、谷山浩子さんの作品にはある。
谷山浩子さんが作詞・作曲したのはM-3「PAPER DOLL」とM-6「私の心はハンバーグ」、いずれも編曲は新川博さん。「PAPER DOLL」は、身も心も捧げた男性に捨てられた女性が “死なばもろとも” とばかりに逃げる相手にからみつく。エモーショナルなギターやキーボードの重さと、素直で感情を過剰に入れない宮崎美子さんのせつない歌唱が、追いかけられる側からすると余計に怖い。
もう一曲の「私の心はハンバーグ」はポップでどこかコミカルな作風。二股をかけられて恋に破れた女性が、彼との恋の想い出と、彼と新しい彼女のあいびき(逢引きと合挽きをかけているところがおいしい)を混ぜてハンバーグにして焼いて、「簡単に許さない」「あなたを道連れに派手に死にたいわ」と歌う。パーカッションやソプラノサックスが印象的なトロピカル風サウンドに、あっけらかんと歌う宮崎美子さんの歌唱も軽快で明るいのでその怖さは目立たないが、実はけっこう怖い歌だ。ユーミンは「チャイニーズ・スープ」で昔の男をまとめて煮込んでスープにしたが、谷山浩子は切り刻んで焼いて食べてしまう。どちらがホラーかは甲乙つけがたい。
「私の心はハンバーグ」のタイトルは宮崎美子さんがレギュラー出演しているNHK『日本人のおなまえっ』(2019年12月14日放送)で宮崎さん本人が紹介したこともあり、一瞬『美子』のジャケットが映ったこともあるので、視たことがある方もいるかもしれない。なお、この曲は作者の谷山浩子さんもライブでセルフカバーしている。
恋に破れた女性たちを演じた24歳の宮崎美子
11人の、恋に破れた女性たちを演じる24歳の宮崎美子さん。どの女性もおとなしそうだが芯が強く、恋に破れたくらいでは負けないような強さをわたしは感じた。宮崎美子さんの歌唱も、一流のミュージシャンの演奏に負けない堂々とした名演技だ。
2021年9月29日に、歌手デビュー40周年記念アルバム『スティル・メロウ ~40thアニバーサリー・アーカイブス』が発売されたが、きっと彼女の歌を見直す人々も多いことだろう。1983年の瑞々しい宮崎美子さんが、この作品にギュッと詰まっている。
※編集部より:宮崎美子のサードアルバム『美子』のリリース日、および「そんなヒロシに騙されて」の作品発表に関して事実誤認がありましたので、お詫び申し上げるとともに、訂正いたしました(2021.10.21)。
特集 歌手・宮崎美子の魅力
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2021.10.08