9月30日

夜の鼓動を聴け —「ネブラスカ」が描くアメリカンマインドの闇

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photo:SonyMusic  

そもそも何故、ブルース・スプリングスティーンに格別の思いもなかったはずの僕が、彼の『ネブラスカ』を前後編にしてまで取り上げなければならなかったのか、その説明から始めることにしたい。

マイケル・ギルモアという音楽批評家がいる。といっても、日本では村上春樹の翻訳で知られる『心臓を貫かれて』(文春文庫)で遥かに知られた存在だろう。彼の実の兄ゲイリー・ギルモアはユタ州で二人の男を殺害した犯罪者で、銃殺刑に処された。同作はこの凄惨な事件に弟ならではの視点からアプローチしたトルーマン・カポーティの『冷血』にも引けを取らないノンフィクションの傑作だ。

そのギルモアに『ナイト・ビート(夜の鼓動)』(ピカドール / 1998年)という本邦未訳のロック批評集がある。暗黒の中、一条のスポットライトに向けて跳躍するギタリストの刹那の印象が際立つ、美しい表紙の本だ。サブタイトルは「ロックンロールの影の歴史」。

少し気にはしつつも積読していたこの本を、眠れない夜にふと手に取った。たまたま表紙のギタリストがスプリングスティーンに見えたこともあって(実際はボブ・ディランかもしれない。だが些細なことだ)、僕は真っ先に目次から見つけた「ブルース・スプリングスティーンのアメリカ」という文章を読んでみた。面白いので読み続けた。そのうち読み耽っていた。気づけば小鳥が囀り、朝を迎えていた。

この文章の何がそれほど僕の心を捉えたのか? それは『ネブラスカ』というまだ聴いたことのないアルバムだった。

殺人鬼を実の兄にもつ音楽批評家ギルモアが、殺人鬼を題材にした曲(表題曲「ネブラスカ」など)が含まれるスプリングスティーンのこのアルバムを取り上げるのだから、関心をもたない方がおかしな話だ。爽やかな朝で聴覚は冴え渡っていた。だから間髪入れず、聴いてみた。その結果は、僕をニール・ヤングからスプリングスティーンへ宗旨替えさせるには充分だった。

というわけで、僕は「殺人」というアメリカ最暗部を経由して「スプリングスティーン教」に入信し、信仰を深めることになったのだが、それは決して異端として断罪されるものではなく、むしろ正統な信仰なのだ。そう言い切るため、前後編をわざわざ拵えた。

要するにコラム前編で取り上げた「暗黒」というテーマの、その最も深いところにある「殺人」を後編では取り上げようというわけである。「ハイウェイ・パトロールマン」という、このアルバム中最も静謐な雰囲気の曲を中心に考えてみたい。

『インディアン・ランナー』というショーン・ペンの初監督作品はこの曲をベースにしている。ハイウェイの警備員である真面目な兄ジョー・ロバーツと、最終的に国境を越えてカナダへと消えていく問題児の弟フランキーをめぐる60年代が舞台の物語で、この映画版ではべトナム帰りの PTSD 患者である弟をヴィゴ・モーテンセンが怪演している。これがちょっと尋常じゃない「狂気」ぶりゆえ、彼が画面に現れると終始落ち着かない気分になるほどだ(この狂気を演出するため、ペンは真面目で礼儀正しいモーテンセンを最凶バイカー集団ヘルズ・エンジェルズに送り込んだという)。

ところでこのフランキーの、ニトログリセリンのように常に大爆発と隣り合わせの「狂気」は、辿ればスーサイドという実験パンクデュオの「フランキー・ティアドロップ」という楽曲に行き着く。

スプリングスティーンは、もともとスーサイドのヴォーカルであるアラン・ヴェガと知り合いだったという。そして、酷い工場勤務のストレスと低収入で狂気に駆られ妻と子供を銃殺してしまう主人公フランキーとは「実は我々のことなのだ!」と最後に言って聴く者を心胆寒からしめるこの曲が、実は『ネブラスカ』全体に影響を与えたと語っている(※注)。そうなると「ハイウェイ・パトロールマン」で歌われる問題児「フランキー」は、スーサイドのイカれた電子音楽で歌われる殺人鬼の名から取られているのではないか。

さらにこのスーサイドの楽曲を音楽批評サイト『ピッチフォーク』が、「ミュージカル版・タクシードライバー」と形容したことを考えれば、ロバート・デ・ニーロ演じるトラヴィスとフランキーが、ともにべトナム戦争の暗い影を背負い込んでいる精神的双子である可能性に気づかされる。ましてやスプリングスティーンが『タクシードライバー』の監督マーティン・スコセッシと脚本担当のポール・シュレイダーと懇意の仲であると知れば、その可能性はほとんど疑いない事実となるだろう。

このように、スーサイド~スプリングスティーン~ショーン・ペンと継承されることになった狂気と戦争の記憶に蝕まれたこの「フランキー」は、うすっぺらい快楽主義者のフランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドの「フランキー」とは全く異なる「アメリカの夜」を開示し続ける。

「夜の鼓動(ナイト・ビート)を聴け」―― これこそがスプリングスティーン暗黒思想の最も重要な教えである。そう言い切って、ひとまずこの長いコラムに決着をつけることにしたい。


※注:
『ハイ・フィデリティ』などで知られる作家ニック・ホーンビィは、その著書『ソングブック』(新潮文庫)の中で「フランキー・ティアドロップ」を取りあげており、この曲を聴くときは「なるべく夜は避け、誰かといっしょにいてもらい、次の日の仕事は休みにしておいたほうがいい」と注意を喚起している。それぐらいにマトモではないシロモノということだ。ちなみにホーンビィは「涙のサンダーロード(Thunder Road)」を1500回以上聴いたというスプリングスティーンの大ファンで、彼にインタヴューもしている。

2018.11.16
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