1975年 8月25日

令和の10代に聴いて欲しいブルース・スプリングスティーン名曲ランキングTOP10

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ブルース・スプリングスティーンのシングル「明日なき暴走(Born to Run)」が米国でリリースされた日
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80年代にレコード会社洋楽部門での仕事で彼の担当ができたことは非常にラッキーだったし、名誉なことだった。ブルース・スプリングスティーンと私は同じ世代。72歳。社会現象化しモンスターアルバムになった「ボーン・イン・ザ・U.S.A.」は1984年発売。たとえば当時15歳だった少年ならば、もう53歳だ。

今回、彼のことを全く知らない若い世代や、少しは知ってるけどよく知らない、という方々に是非聴いてもらいたい楽曲を選んでいるが、もちろん私が個人的に好きな曲ばかり… というわけではなく、あくまでもこれは入門編。この10曲を聴くとブルースのことを理解できるし好きになってもらえそうだ、というところで選んでいる。

第10位:ハングリー・ハート


1980年に発売されたアルバム『ザ・リバー』からのシングル曲。アルバムは2枚組にも拘わらず発売2週目に早々1位を獲得するほどで、そのマラソンライブの凄まじさもあり、この時点で既にスーパースター的な位置づけを獲得していたが、実はシングルヒット曲と呼べるものはなかった。これが最初のビッグヒットとなり、全米シングルチャート5位にランク。

ライブでは途中からオーディエンスにマイクを向け会場一体となって歌うというパフォーマンスもあるほどで、誰もが歌える分かり易いメロディである。

第9位:ダンシング・イン・ザ・ダーク


1984年発売。『ボーン・イン・ザ・U.S.A.』からのファーストシングルで、前曲と同じド級の入門編に相応しい。時代は洋楽黄金の80年代。主役はMTV。このMVの到着には担当者の私は驚いたし嬉しかった。

「俺にはこんなものいらない」と言いそうな心配があったので、よもや作ってくれるとは、マネージャーでありプロデューサーのジョン・ランダウに感謝です。「ハングリー・ハート」は知らなくても、この曲のMVで初めてスプリングスティーンの存在を知ったファンも多いはず。

監督はブライアン・デ・パルマ。『ボーン・イン・ザ・U.S.A. ツアー』の初日が終わったあとに、観客に残ってもらい撮影したというエピソードもあるし、曲の途中で最前列にいる女の子をステージに引き上げて一緒に踊るシーンがあるが、彼女こそ当時は無名の新人女優だったコートニー・コックス。この曲とMVの存在は、彼のレコードを売らなければいけない私には、本当に有難かった。実はご本人は大嫌いな曲だと思う。

第8位:ボビー・ジーン


前曲と同じアルバムからの曲だが、12曲収録のうち10曲がシングルカットされ、それぞれがシングルヒットチャートを席捲。これがアルバムのモンスターセールス化を可能にしたが、その残された貴重な2曲のうちの1曲。当初からファンの間でも人気が高い名曲だったし、担当の私もいつカットされるのか、それを楽しみにしていたにもかかわらず発売されなかったのは大きな謎のまま。

歌は、実際にツアーに出る直前に16歳から一緒にやっていた右腕とも言える仲間がバンドを去っていった内容だが、「どこかでラジオから流れる俺の歌を聴いたら、いまでもお前のことを想っている、ということを知ってくれ」という誓いをかわした仲間との友情の深さを感じる名曲。

第7位:ロザリータ


1973年(日本では74年発売)『青春の叫び(The Wild, the Innocent & the E Street Shuffle)』収録。70年代後半に届いたこの曲の映像が、初めてスプリングスティーンのステージ上での動きを伝えてくれたものだった。メディアはもちろん16ミリフィルム。70年代の彼の歌には、“聴くものの心を解放させる” という熱いものがある。交際を親に反対されているロージーへの熱烈なラブソングだが、仮に歌詞を見なくとも、サウンド的にも前に進む勇気と元気を与えてくれる人気曲。日本公演でも3日目から登場し定番となった。

「両親は俺をしがないロックンローラーで貧乏な奴だと思っているかもしれけど、今の俺はレコード会社が山ほどアドバンスを払ってくれたんだ」

―― のクダリがあるが、この “record company” のところを、日本公演では何回か “CBS SONY” と替えて歌っていた。これを聴き逃さなかった私はひとりほくそ笑んでいた。後にブートレグでも確認(笑)。

第6位:ザ・リバー


1980年『ザ・リバー』収録。ファンの中でも人気の高いバラードの名曲。19歳の自分と彼女は17歳。教会も式もなにもなく、2人だけで役所に婚姻届けを提出。彼女を幸せにできたのだろうか。本当の妹のことを題材にしているが、当時のアメリカはベトナム後遺症で不況真っ最中。若者たちはどう生きていけばいいのか、をテーマにしている。

アルバム制作途中にNYでの『NO NUKESコンサート』に出演。ここで初めて披露された。この時撮られたものが、「ロザリータ」に次いで2本目のプロモ映像となっている。彼をプロモーションしている我々には天からの恵みのような映像素材であった。

最近あらためて発表された『NO NUKESコンサート』の映像では、この曲だけでなく、この時のステージ全体が燃えたぎるマグマに包まれ、言葉にならないエネルギーで観てるこちらも魂を奪われるほどだった。

第5位:マイホームタウン


1984年アルバム『ボーン・イン・ザ・U.S.A.』収録。アルバムの中では最後にクールダウンさせる役目なのかBサイドの最終曲となっている。自分のホームタウンがさびれていく様子を歌にしているが、この時代はアメリカはベトナム後遺症で大不況。失業者が溢れ返り寂れていく街が多かった。

「8歳の頃は父親の膝の上に座り、ビュイックで街をドライブ。高校時代は人種問題でトラブルが絶えず、35歳になった今は工場も閉鎖され自分も街を出ていく。ムスコを膝の上に乗せながら、よく見ておくんだこれがお前のホームタウンだぞ」

ちょっと切ないけれどもノスタルジックな気持ちにさせるスロー&ミディアムテンポの佳曲。アルバムタイトル曲の『ボーン・イン・ザ・U.S.A.』同様に、歌の主人公の人生を通して当時のアメリカの世相がよく分かる。

第4位:バッドランド


1978年『闇に吠える街(Darkness on the Edge of Town)』収録。都会での労働者階級の若者には励ましの歌となっているが、今の境遇(バッドランド)から抜け出す希望を信じて生けば願いはかなうぞ、と若者を煽っている。

出色の出来事として、80年代後半、依然東西冷戦下の中、彼が労働者階級出身でアメリカ資本主義を批判している、ということで若者対策のために、東ドイツ政府に招聘され、なんと東ベルリンでフリーコンサート(1988年7月)を行っている。

政府も彼のことを軽んじたわけではないが、なんと予想をはるかに超える数十万人の若者が集まった。彼のエネルギーに閉ざされていた心が覚醒し、翌年のベルリンの壁崩壊につながっている。3日後には西ベルリンでもライブを行い、両都市だけ、ライブの冒頭1曲目はこの曲で始めている。

第3位:レーシング・イン・ザ・ストリート


1978年『闇に吠える街』収録。この時代の彼の歌には車がよく登場している。

「フュエリーのインジェクターとハーストのギアシフトをつけた69年型シェビーは396馬力」

―― 冒頭のフレーズだが、こういう車に関するスペックですら彼の手に掛かると、若者を魅了する歌詞に変っている。

アメリカの若者=車。しかも自分たちでカスタムメイドして、金かけてパワーを競い合う、という当時の車文化が窺い知れるが、そういう暴走関係者が喜びそうな歌詞にもかかわらず、メロディやサウンドは敢えて抑えた静かなバラードの名曲に仕上げている。

第2位:涙のサンダーロード(Thunder Road)


1975年発売『明日なき暴走』収録。彼がデビュー間もなく、さほどのアルバムセールスを記録したわけではないのに、何故若者たちのカリスマ的な存在になりえたか。何度か書いているが、熱狂的かつ感動的なライブパーフォーマーだ、と言うこと以前に、彼の曲の全編に流れている “聴くものの心を解放して、新しい希望を与えている” と言うことだと思う。この歌は私の大お気に入り曲のひとつだが、特にこのフレーズが身に染みる。

「僕の車は遠いところにおいてある。君の家からの長い旅にでる準備ができているなら、ドアは開けておく。けれど自由にのれるわけじゃない」

―― 自由になりたいなら覚悟して努力する必要があるし、苦しい現実は自分の力で解決しなきゃいけない、と歌っている。ライブでも、ファン達が一緒に歌うほどで、75年のアルバム発表以来、ファンのみんなにとっても自分達のテーマ曲的な位置づけなのかもしれない。

第1位:明日なき暴走(Born to Run)


前曲と同じく同名タイトルアルバムに収録。この曲を初めて聞いた時の衝撃はいまでも忘れない。CBSソニーに入社し最初の配属が著作権を取り扱う音楽出版部。1974年日本でのデビューアルバム『青春の叫び』を聴いて心ふるえ、当時のマネージャーのマイケル・アペルにコンタクト。日本に於けるサブ・パブリッシングの権利を獲得。その翌年、契約先の我々に新譜の音源(と言ってもまだ白盤だった)が届き、レーベル面も無地。とりあえず針を落としたら、B面1曲目のこの曲に遭遇。イントロを聴いて歌が始まったら慌てて針を戻すほど驚き、心臓のドキドキが止まらなかった。

いまでも元気や勇気が欲しい時は、この曲を聴くほど “私の人生の1曲” となっている。このカウントダウン形式だと最後に紹介することになってしまうが、“イの一番” に聴いて欲しい曲である。

ロックファンなら同じ気持ちが共有できるはず!


―― 以上が私が選んだ10曲ですが、特に彼のことを知らない世代を意識しているし、分かり易く紹介したつもりです。興味がなかったものを無理強いするのも気が引けますが、必ずや気に入ってくれるものと信じています。

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2022.02.17
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カタリベ
1950年生まれ
喜久野俊和
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