ブルース・スプリングスティーンが歌う “追いつめられた状況にある人々”
つらかった1日の終わりにも
人は信じる理由を見つけようとする
ブルース・スプリングスティーンのアルバム『ネブラスカ』は、こんなフレーズで幕を閉じる。もしブルースがこのアルバムで語ろうとしていることを簡潔にまとめるならば(もしそんなことが可能ならばだが)、これ以上のフレーズはないのかもしれない。
若い頃に信じていたことが、ことごとく裏目に出てしまったら? 夢が跡形もなく消えてしまったら?『ネブラスカ』が僕らに語りかけてくるのは、そうした絶望や孤独だ。もしそうなったとき、僕らはそれでもやっていけるのだろうか。
『ネブラスカ』は、際立って映像的なレコードだ。映画というよりは、ドキュメンタリーに近い雰囲気をもっている。殺人者、小悪党、退役軍人、一般庶民…、歌の登場人物は立場こそ違えど、追いつめられた状況にある。世の中から置き去りにされ、誰も彼らの声に耳を傾けようとはしない。ブルースはそんな彼らに成り代わり、彼らの人生を歌っている。
アルバム「ネブラスカ」に収められた人間模様
タイトルチューンの「ネブラスカ」は、このアルバムの核となる曲だ。歌詞は実際にあった出来事にもとづいている。
男は少女を車に乗せ、ショットガンを積み、道すがらたくさんの罪のない人々を殺していく。ブルースの歌い方は淡々としていて、あるべきはずの悲しみや怒りは感じられない。そのことがかえってイメージを喚起し、アルバムジャケットにあるような荒涼とした風景を浮かび上がらせる。
彼らはなぜ俺がこんなことをしたのか
知りたがった
なぁ、いいかい
世の中には理由もなく
ただ卑劣なこともあるんだよ
「ジョニー99」は、終身刑を言い渡された男の物語だ。失業し、新しい仕事をさがすも見つからない。そんなある日、酔って店のボーイを撃ち殺してしまう。判決がくだり、裁判長から何か言い残すことはないかと問われた時、ジョニーはこう答え、処刑場へ送ってくれと言うのだ。
裁判長、俺には借金があった
正直に働いて返せる額じゃなかった
家は抵当に入れられ、
銀行が持っていった
俺に罪がないと言ってるんじゃない
でも、俺が銃を手にしたのには
他にもいろんな理由があったんだ
僕が一番好きな歌は「ハイウェイ・パトロールマン」だ。戦争から帰還したふたりの兄弟。勤勉な警察官の兄ジョンと、問題ばかり起こす弟フランキー。正反対の2人だが、とても仲がいい。ところがある日、フランキーが傷害事件を起こしてしまう。フランキーは逃走し、ジョンは弟の車の後を追う。
しかし、車を見つけてもジョンはフランキーを捕まえようとしない。一定の距離を置いたまま追走を続けるだけ。そして、国境まであと少しのところで路肩に車を止め、走り去っていくフランキーの車のテールランプを見つめるのだ。
俺とフランキーは笑い、そして飲んだ
血縁とは何にも増していいものだ
バンドが「ジョンストンタウンの洪水の夜」
を演奏し、俺たちはマリアと交代で踊った
あいつが道に迷ったら
兄弟なら誰でもそうするように
俺はあいつを助けるよ
家族に背を向けたりはしないものだろ
それでも生きていく。生きている限り明日はやってくる
『ネブラスカ』にはたくさんの拭いようのない闇がある。それは、人を裁くことが物事の本質的な解決にはならないという真実を、僕らに突きつけてくる。
ここに登場するのは、どうすることもできない何かに翻弄された人たちだ。ある者は踏み止まり、ある者は奈落へと落ちていった。しかし、どんな形であれ、僕らは命が尽きるまで生きていくことになる。
若い頃に信じていたことが、ことごとく裏目に出てしまったら? 夢が跡形もなく消えてしまったら? もしそうなっても、僕らはやっていけるのだろうか。アルバムはこんなフレーズで幕を閉じる。
つらい1日の終わりにも
人は信じる理由を見つけようとする
今日という日が終わり、生きている限り明日はやってくる。どうか楽しい1日でありますように。そして、信じる理由を見つけられますように。
いつまでもそれを続けていけますように。
※2017年9月23日に掲載された記事のタイトルと見出しを変更
▶ ブルース・スプリングスティーンのコラム一覧はこちら!
2022.09.30