2月10日

ハードとソフトの素敵な関係、ウォークマンとスーパースターのエピソード

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自分のレコード会社人生、特に洋楽の仕事をしていた頃、世の中におきたエポックメイキングな事、つまりマーケットに大きな影響を与えたものをあげるとするならば、私は迷わず「ウォークマンの登場」と「MTV の誕生」をあげます。

ウォークマンの登場は正確には1979年ですが、MTV ともに洋楽黄金の80年代を支えたものではなかったかと思います。ロックを外に連れ出し、ユーザーが音楽を楽しむ時間を大幅に増やすことが出来たし、ロックミュージックに映像が付くことによって、目でも楽しめるという新しい方法がスタートしました。

そして何より、今まで縁が薄かった TV の画面に MTV が流れ始め、お茶の間でも洋楽が楽しめるようになったのです。つまりほとんどの日本人が MTV によってマイケル・ジャクソンの名前を知ったという画期的な事が起きています。これら二つの出来事は洋楽マーケットの拡大に大きな貢献をしたのではなかったかと思います。

今回のコラムでは、このひとつ、ファンと音楽をより結び付けたウォークマンに関して、レコード会社洋楽制作担当者の身の回りに起きた出来事などを紹介したいと思います。

ウォークマンの登場は、表現を変えると、それまで室内のスピーカーで音楽を楽しんでいたファンが、室外でもヘッドフォンで音楽を楽しむようになったという事です。もちろん、それまでも諸事情によって、ヘッドフォンでしか音楽を楽しむ事ができないユーザーが多数いたとしても、ウォークマンの大ヒットは、それまでとは比べものにならないほどの、圧倒的な数のヘッドフォンリスナーを増大させた、という事になります。

ヘッドフォンを使うと、耳元近く音楽も生々しく聴こえますし、ひとつひとつの音もクリアになります。実は、音がクリアに聴こえるという事は、ハード機器を発売しているメーカーにとっては、技術の証ですが、レコード会社には、少々困った問題が起こる事があります。

というのも、スピーカーだと意外と聞き逃されてきた、ちょっとした音のトラブルが、ヘッドフォンだと、クリアに気付かれる事になったのです。これにより、今までは、わずかなものでしかなかった音に関しての会社へのクレーム数が、ウォークマンのヒットと共に、ポツポツと増えていったのです。

私は制作担当として、1983年2月ジャーニーのニューアルバム、『フロンティアーズ』を発売しました。前作『エスケイプ』で大ブレイクし、これに続く期待の作品でしたので、緊急発売体制がとられていました。アメリカからマスターテープが届き、その日のうちに信濃町のスタジオに入り音のチェック。そして OKサインを出して無事に製造工場宛てに送り出しました。

そして予定通りに発売日を迎え、初日から爆発的なセールスを記録していたものの、その数日後、ちょっとした問題が発生しました。好事魔多しです。ユーザーから一本のクレーム電話が入りました。

それは、アルバムのある曲で音圧が一瞬下がる箇所がある、という指摘でした。その箇所をスピーカーで聴いても、異常とは気づかないぐらいのものでしたが、ヘッドフォンで聴くと確かに、瞬間的な音の異常が確認できました。1~2秒ほどの音トラブルでした。

この電話に続いて2~3週間で10~15本ほど、同じ内容のクレーム電話がはいったのです。発売初週から20万枚近く売れていたジャーニーでしたので、このクレームは、間違いなく、ウォークマンに収めたアルバムをヘッドフォンで聴いているファンが多くなったからこそのものといえるでしょう。

我々、洋楽制作担当者は、マスターテープが海外から届くと、スタジオでノイズ等、音のチェックをするマーキングという作業をします。異常がなければサインをして音源に関する仕事は以上です。

このマーキング作業ですが、私はエンジニアと共にスピーカーで大きな音量でやるのが常でした。エンジニアはスコープで波形を見ていますが、担当の私はジャーニーの新譜を日本人として一番最初に聴ける立場でもあり、つい音のチェックというより音楽のみを聴いている状態になってました。

このトラブルは、私もエンジニアも聴き逃したという、プロフェッショナルとしては情けない話でした。マスターテープは本国より完成品として送られてくるので、ほとんどのケースに異常はなく、ついどこか油断があったからだと思います。

ちなみに、これはそもそも本国のマスターにトラブルがあったようで USA盤はじめ各国でも同じ状態になってました。リプレイス用の新マスターを大至急アメリカより取り寄せますが、そういった場合はタイミングがあえば空輸より人によるハンドキャリィが一番早い方法です。

こういう急を要する場面では、NY へ出張している社員達を探し出して手持ちで帰国してもらう事が、よくありました。このとき、ちょうど当時の SONY本社の大賀社長が帰国寸前でした。そこで、秘書室経由でお願いして、リプレイス用の新マスターを持ち帰ってもらいました。ご本人は我々のレコード会社、CBSソニーをつくった当事者でもあり、創業から10年近くは社長でもあったので、喜んで協力してくれました。

帰国された夜、麹町の自宅に部長と共に受け取りに伺った時の大賀社長の嬉々とした表情、よく覚えています。ご本人もジャーニーのニューアルバムという大ヒット商品に係われたこと嬉しく思われたようです。

この他にも、ウォークマンには、こういうエピソードもあります。85年4月ブルース・スプリングスティーンの初来日公演で代々木オリンピックプールでの出来事です。SONY本社の盛田会長(SONY の創業者でもあります)が、ライブに来てくれました。貴賓席についてもらうので楽屋口から入場してもらいます。もちろん、真っ先にブルースとも挨拶を交わしてもらっていたのですが、ライブ終了後たまたまバックステージのトイレで二人は並んだらしく、会話が始まりました。

歌の力強さはもちろんの事、バンドの演奏のうまさやその音の迫力、特に低音の響きに極めて感動していた盛田会長は、ブルースにこう言いました、「ライブに非常に感動しました。みなさんの作り出す迫力ある音を聞いて、新製品のアイデアもらいました」と。そのアイディアは、翌日に製品開発担当へ指示し、それから1年以内に商品化され発売されました。これは異例のスピードです。

重低音を強調した、ウォークマン型のポータブルプレイヤー "武道館"。これがその商品名です。ヒントをもらったのは代々木体育館ですが、ビートルズ以降音楽と言えば武道館の方が馴染みます。

商品広告には、こういうコピーが付いてました。“コンパクトながら迫力サウンドを体験できる、ウォークマンサイズのお手軽武道館”。あえて他のウォークマンとは一線を画しており、付属のヘッドフォンも重低音が楽しめる大型のものが付いてました。

ちなみに、このシリーズにはウォークマン・タイプだけでなく、重低音をウリにしたオーディオ・ボディ・システムも発売されました。盛田会長、どれだけEストリート・バンドの演奏に感動してくれたのでしょうか。また、その感動が新商品のアイデアにつながったのです。ブルース・スプリングスティーンの初来日公演に携わった者として、それを思うと、嬉しくなります。

2019.05.27
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